『カコリンポリーナ』
「違います。お姉さまと混ざっていますね。いいですか、あなたの名前はカコポリーナです。リンは入りません」
大きな紙に書かれた名前を堂々と見せたカコポリーナに家庭教師は容赦なく言いました。
「いいじゃん、書いたんだから。チョーウザッ」
家庭教師はため息をつきました。雇われた初日がこれでは先が思いやられます。
カッズィーヨがカコポリーナのためにこっそり街角で雇った家庭教師は白い紙に大きく“カコポリーナ”と書いて渡しそれを覚えるように言ったのですが、いざテストをするとこの始末です。ただでさえ学問所を休んでいるというのですから不安だらけでした。
「名前くらいはきちんと書けなければ高等学問所に入れませんよ」
「お姉さみゃは入ったじゃん。ヒーソクリフだって…。どうせなんとかなるんでしょ」
「なりませんよ。ご姉弟の一件でどの学問所も警戒して居るんです。ですからこうやって家庭教師として私が指導をしに来ているんです」
「カテキョならテストくらいなんとかしてよ」
「なんとかするのはあなたの頭の方です」
カコポリーナは自分の毛先くるくるの髪をいじりながらこたえます。
「上手く巻けないのはお母さみゃがくるくるドライヤーを買ってくれないからよ」
「そっちの頭ではありません」
家庭教師はもうお手上げです。
そう高くない賃金で、いろいろな制約付きの仕事でしたが、箔がつくと思って引き受けたことを後悔していたのです。
「カテキョのくせにうるさーい、おじいさみゃに言いつけてやる」
カコポリーナはまん丸の頬をさらに膨らませていました。仕方ないのでよくある手で懐柔することにしました。
「いいですか、高等学問所に入れば後は好きなことができるんですよ。遊ぼうが、踊ろうが、かまいません。とにかく名前だけでも書けるようになりましょう」
「カコポリーナは踊り子になるからいいの。王立学問所では人気者なんだから。お姉さみゃより可愛いって評判なんだから」
家庭教師はマコリンペリーナを思い浮かべ、確かにそうではあるがそれほどかな?などと思いました。カコポリーナは黙っている家庭教師も納得して居ると思い、立ち上がると机の近くに置いてあった紙袋から赤い靴を取り出して見せました。
「ヒーソクリフの面倒を見たご褒美に買ってもらったんだ」
ソレイユ靴流通センターのくしゃくしゃの紙袋から出てきたそれはダンスシューズとは思えませんでしたが、カコポリーナは上機嫌でそれを履き踊り出しました。
ワルツとは全く違う、異様に体をくねらせたダンスに家庭教師の目はまん丸になっていました。
「マコリンペリーナ様に呪いの噂があるけれど、ま、まさかカコポリーナ様にも赤い靴の呪いが?」
家庭教師は疑いましたが、カコポリーナは全く気にせずお気に入りの曲をかけどんどん激しく踊って行き、満面の笑みでいいました。短いスカートがめくれても気にしません。どうやら呪いではなさそうでしたが家庭教師は何だか恐ろしくなってしまったのです。
「セクシーカコポリィーナッ。世界の頂点に立つのよ」
家庭教師は、顔同様ダンスもそれなりですと正直には言えず、ひきつった笑いを浮かべたまま早く帰りたいと思っていました。そして即日辞表を出し二度と公爵邸を訪れることはありませんでした。
|