執事のノーリッジが宮殿を離れることになりました。
本当は離れたくはなかったのですが、スモールソーサー后もブルーギル王もお許しにならなかったのです。
実はアイコディーテ姫は大変な苦悩を抱えておられたのです。
学問所にたいそう困った少年がおりました。
学習中にガラガラを鳴らしたり、他の令嬢のドレスをふんずけてみたりと狼藉のかぎりをつくしていたのです。
その少年がついに聡明なる姫の頭を押さえつけたり、ひどい言葉を投げるなどしたのです。
姫は辛い日々を過ごしました。
マーサ妃が心配なさると思いアイコディーテ姫は黙っておられましたが、姫の異変に気がつかないマーサ妃ではありません。
なんとか姫から事情を聞き出し、姫を守り支えようと努力なさったのです。
それを知るノーリッジは姫をお守りしたかったのです。
しかしスモールソーサー后は時間や決まりに(この時ばかりは)うるさかったのでした。
ノーリッジは泣く泣く姫のお傍を離れることとなったのです。
「まだアイコディーテは元気じゃないの。ああ、本当に馬鹿な子供はあてにならないわね」
ゴッキ公爵夫人は苛立って言いました。
その目前でティーカップをカタカタと鳴らしている女性がおりました。
この女性こそがガラガラ少年の母バイオレット・ランボーでありました。
「うちはね」と公爵夫人。「子どもが多くて大変なのよ、おわかり?」
「は・は・はい…」
「そのお茶も奮発してニットウのお徳用を使っているのよ。今度失敗したら、お茶は持参なさい」
ランボー夫人は公爵夫人の恐ろしさを小さなころから知っておりましたのでブルブルと震えました。
「もうお帰り」
公爵夫人の2時間にも及ぶ冷めたお茶会がやっと終わるとランボー夫人はすっかりやつれて帰途につきました。
「ああ、まだイライラするわ。こうなったら新しい真珠を買っちゃるわっ。ウッドブックパール商会を呼びなさい」
指示されたメイドは急いで連絡をするとほっとしました。
真珠があれば静かな朝を迎えられそうだったからです。
ノーリッジとのお別れは寂しいものでしたが、アイコディーテ姫は笑顔をお見せになりました。
「これからは執事ではなく、ノーリッジさんね」
自分に心配をかけまいとする姫の姿に、どんなに遠く離れても姫を見守り続けようとノーリッジは心に決めました。
悲しいお別れでしたが、すぐに新しい出会いがありました。
ノーリッジに代わる執事がナール・ジュール王子の元へ着任のあいさつのために訪れました。
執事は宮殿の庭で犬と遊ぶ少女を見つけました。
長い髪が風に揺られる姿が妖精のようにも見え、目をごしごしとこすりました。
今にも陽光の中に戻ってしまいそうな輝く少女でした。
「どなた?ああ、わかったわ。今日執事が来るって聞いていたわ、あなたがそうなのでしょう」
少女はほほ笑んで問いかけました。
「はい、そうですが…お嬢さんはどなたでしょうか?」
帽子をとりながら尋ねます。
「アイコディーテよ。お父様のお手伝いをして下さるのでしょう」
にっこりと笑いかける少女の名を聞き、あわてて深々と頭を下げました。
これから仕える主人の令嬢に、ましてや国の姫君になんと失礼な質問をしてしまったのだろうと恥ずかしくなったのです。彼は就任前に首になる覚悟をしたのです。
しかし、姫は笑顔のままでした。
「お父様のところへ案内いたしますわ」
頭をあげるように手を差し伸べて促すと、執事は膝をつき、まるで騎士のように頭を垂れました。
「リルタウンゼントと申します。心よりお仕えいたします」
小さくともこの方は本当の姫君だと確信し、ノーリッジが成し遂げられなかったことを必ずや自分がしなければ、と思ったのです。
と同時に真の輝きを持つ方に巡り合えた喜びが彼にそうさせたのでした。
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