サーヤ・ノワゼット男爵夫人は愛用の双眼鏡で今日も周囲を覗いておりました。
「あらあら、ゴッキがご機嫌ね。
まだマーサ妃の調子が良くないからかしら。
それとも美味しいランチでも食べたのかしら。
わたしには美味しい思いをさせないで…」
つい手に力がこもり、双眼鏡を握りつぶしてしまいそうになりました。それでも固まった笑顔を崩しませんでした。
「こちらではマコリンペリーナが何かしているわ。
口をもぐもぐさせて…また何が食べているのね。
だから口の筋肉が強くなってアヒルみたいな口になるんだわ。
アヒルよりカワセミの方が綺麗なのにね」
あの美しい緑の羽根を思い出しうっとりとしました。妄想の中でサーヤ夫人は自分とカワセミを重ねているのでした。
「カコポリーナはどこかへ遊びに行ったのかしら、姿が見えないわね。
やたらと腰を振って踊ることに熱をあげていたけれど、もうカツは揚げていないのかしら。
それにしても使用人だけじゃなく娘もいつかない家なのねぇ、うふふ」
そう言って口角をぐぐっとあげました。
「ヒーソクリフの姿も見えないわ。例のNASA―RYかしら?あんなものを建てても無駄よねえ。あの子は壊れたおもちゃみたいなんだから、しゃがみ込んだり走りまわったりして、怪我でもしたら今度は誰が怒られるのかしらね。
あらあら、なにか臭うわ。ヒーソクリフがお漏らし?それとも動物の臭いかしら?
そういえば犬はどこへ行ったのかしら。?製が増えたようだけど…。
動物もいつかないのねぇ、ふふふふ」
すべてを漏らさず見ようと何度も双眼鏡を動かし、隅々まで見つくし、やっと満足をするとサーヤ夫人は大きな買い物袋をよいしょっと持ち上げて呟きました。
「まあ、もうこんな時間。フジコちゃん、そろそろカレーを作りに行かなければならないわね。このまま当分お城にいましょうね。
そうと決めたら気分がよくなってきたわ。徹夜で鳥を彫ることにしましょう、うふふ」
そういうとサーヤ・ノワゼット男爵夫人は肩に乗せた木彫りの鳥『フジコちゃん』に話しかけました。
「今日はお后様のお好きな肩パット3枚重ねのドレスなのよ。気に入っていただけるかしら、ねえフジコちゃん」
フジコちゃんは肩の上にただ黙って止まっているだけでした。
そうしてサーヤ夫人はいつかすてきな『おじさま』が自分を囚われの城から連れ出してくれるのを未だに夢みつつ、王宮へ向かうのでした。
フジコちゃん…サーヤ夫人が手彫りしたと思われる木の鳥
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