| ホーム | お話 | お話・第二集 | 公演ポスター | オハラ座の怪人T | オハラ座の怪人U | 夏の扉テーマソング | 夢十夜 |
| 登場人物T | 登場人物U-1 | 登場人物 U-2 | 掲示板 | プロフィール |

本当は恐いグリル童話U

17
赤ずきん A

 
 
姫が歩き出してすぐ、道のわきの森から一人のお婆さんが震えながら出てきました。お婆さんは姫の目の前までよろよろと歩き、膝をつくとこう言いました。
「お腹がすいて死にそうです。どうかオレンジをください」
「まあ、どうしてオレンジを持っているとわかるの?匂いかしら?」
姫が呟くとお婆さんは驚いたようでしたが、すぐに首を縦に振りました。
「そう、そうです。匂いました。オレンジを下さい、お願いします」
「でも、オレンジは冷たいわ。温かいお茶を持っているから、まずそちらをどうぞ」
そう言ってカゴからポットを出し、カモミールティをカップに注ぎました。白い湯気がふわりと立ち上ります。お婆さんはたまらず喉を鳴らしました。
姫からカップをもらうとごくごくとお茶を飲み、やっと温かくなったのか、ふうと息を吐きました。姫はにっこり笑ってもう一杯注ぎました。
おかわりも一気に飲みきると、お婆さんはハッと我にかえりました。お茶を飲みに来たのではありません。目的を達しなければ、と再び姫にお願いします。
「オレンジをください、どうしても食べたいんです。ずっと具合が悪いのです。お願いです」
姫は不思議でした。具合が悪いのにどうして雪の中歩いていたのかしら、と。しかし心優しい姫は寒さに震えるお婆さんを哀れに思いカゴの中のオレンジを一つ取りました。本当は一つはお母様に、と思っていたのですが、あまりにもお婆さんがオレンジを欲しがるのであげることにしたのです。
「お母様はわたしがお守りするわ。だからこれはお婆さんにあげましょう」
オレンジを渡すとお婆さんはその場で皮をむいてオレンジにかぶりつきました。寒さにがたがた震えながら冷えたオレンジを食べている唇がどんどん紫色になっていきました。食べきる頃にはせっかくお茶で暖まった身体の中もすっかり冷え切ってしまいました。
「も、も、も…」
もう一つ欲しいと言いたかったのですが、凍えて口が動きませんでした。慌ててアイコディーテ姫はお茶を注いで、自ら手を添えてお婆さんに飲ませました。
姫の手はとても小さかったのですが、今まで感じたことのないような暖かさと柔らかさで氷のように冷えたお婆さんの手を包み込んでいました。
お婆さんはなんだか気恥しくなり、「も、も、もう大丈夫です。ありがとうお嬢さん」と言うと脱兎のごとく走り去りました。
「このオレンジって本当にすごい力があるのね。お婆さんがあんなに元気になっているわ」
驚きながらもオレンジの効果に感心する姫でした。
 
しばらく歩きもうすぐお城が見えるというところまで来るとまた飛び出してくるものがいます。
「今日はびっくり箱みたいな日ね」
今度現れたのは男の人でした。全身黒っぽい服を着ています。アイコディーテ姫を見つけると両手を左右にがばっと広げて言いました。
「そのカゴの…うぎゃあっ」
急な叫び声に驚いて見回すと男の手に猟犬が噛みついています。手をぶんぶん振っても犬は離れようとしません。
「馬鹿っ、俺をかむ奴があるか」
「あら、さっきのワンちゃん。だめよ、離しなさい」
姫の言葉を聞くとかぱっと口を開き男に見向きもせず犬は姫の元へ小走りにやってきました。男は痛みに手を振っています。つけていた手袋が破れて指が見えていました。犬をなでながら見ると男は茫然と立っています。まさか犬にかまれると思わなかったのでしょう。
犬は飼い主らしい男には牙をむいて鼻にシワをいっぱい寄せて睨んでいます。
「あの…」とためらいながら男が言います。「そ、そのか、か…」
「ガルルゥ」と犬が唸ります。
「か、可愛いお嬢さんですね」
「ありがとう」
お礼を言いながら姫は危ないおじさんではないかしら?と少し警戒しました。
「オ・オ・オレ…」
「ガルルゥ」
「お、おれ…は迷子になりました」
「あら、大変。この道をまっすぐ行けばいいわ。わたしも戻るから一緒に行きましょう」
ちょっと怪しそうなおじさんだったので、姫は犬をそばに置いて歩きました。たしかにこのおじさんは怪しいおじさんで、ちらちらと姫の持つカゴを見ていました。そのたび犬はグルルと唸りました。
「ごめんなさい。お茶があったのだけれど、さっきお婆さんに全部差し上げたの。そうだわ、手袋が破れて寒いでしょう。小さいけれど、よかったらこれを使って」
アイコディーテ姫は自分の手袋をはずしおじさんに渡しました。小さくて手の半分しか入りませんが心まで温かくなっていく気がしました。
おじさんは何だか辛くなって「うわあぁ〜」と叫ぶと泣きながら走りだしました。獲物を追うかのような勢いで犬もついていきました。
「忙しい人ね」と姫は思いました。
 
 
姫は急いで城へ戻りました。ナール王子とマーサ妃だけでなく近衛兵も使用人もみんな姫のお帰りを待っていました。
ナール王子は姫が持ち帰った大きな二つのオレンジを見て大変誇らしく思いました。アイコディーテ姫は小さな冒険を成し遂げたのです。そうしてナール王子は目じりを下げて愛しい姫を見つめていました。
王子の目じりが下がっている頃、テンションだだ下がりの人と犬がいました。
「いくら命令でもあんな小さな子からオレンジを取り上げるなんて」
「できないよなあ」
「バウバウ(お前ら犬畜生にも劣るぜ。俺は元から犬だからいいけど)」
「大切なオレンジをもらったうえにお茶まで飲ませてもらって、あたしゃ本当に幸せになっちゃたんだよ」
「おれも手袋をもらって…一生の宝にするぜ」
「バウバウバウ(俺なんて何度もぎゅっとハグしてもらったんだぜ。姫様はいいにおいがするんだ、知らないだろ、お前ら)」
 
互いに顔を見合わせて数回頷くとお婆さんが言いました。
「決めた。あたしゃ出て行くよ。もうあんな家に仕えられないよ」
「おれも…失敗したら長々説教されるんだからな」
「バウバウ(ペットが消える変な家だしな)」
「このままどこかへ行くことにするよ、じゃあね」
「生きていたらまたどこかで会おう」
「ガウガウ(大げさだな、人間って)」
 
その日、アキシーノ公爵家から二人の使用人と犬一匹が出奔したということです。
 
 
翌日、届けられたオレンジを食べたブルーギル王はすっかり元気なり、一緒に食べたスモール・ソーサー后はいや増して頑丈になったということです。
 
 
※イッチロ・ヤブーゴールド…王の主治医だが、その腕前は藪の中

PAST INDEX FUTURE

Last updated: 2012/6/25