ある年の暮れの夕刻、ミカサンドロス家に二つの伯爵家の令嬢アキテーヌ・ネージュ・ミカサンドロスとツグレオーネ・レスペデーザ・タカマドリゲルが訪れました。体調を崩した長老のお見舞いでした。
長老は人ばらいをし、二人の孫娘と楽しい時間をすごしたのち、少し間を置いてから深いため息をつきました。
「まあ、おじいさまったら怖いお顔をなさって、また胸が苦しいのですか?」
「おばあさまを呼びましょうか」
アキテーヌとツグレオーネが心配して顔をのぞき込みます。
「いや、そうではない。もうすぐ例のモノが来るのでな」と暗い表情で長老が言いました。
「バルコニー、ですわね」とアキテーヌは冷静に答えます。
「毎年のことですわ。わたくしたちも慣れてきていましてよ、ねえ、アキテーヌ様?」
「ええ、ツグレオーネ様。今年はアキシーノ公爵家のマコリンペリーナ様が初めてのお出まし。きっと緊張していましてよ」
長老はまた一つ深いため息をつきました。
「緊張しているかはどうでもよいが、マコリンペリーナの分バルコニーが狭くなった。お前たちにも窮屈な思いをさせねばならぬ」
「まあ、そんなことを心配なさっていたの?」
ツグレオーネは笑顔で答えます。この明るい笑みが暗い長老の表情を少し和らげました。
「毎年のことだが、あちら側にまた可愛い孫娘たちの何人かを立たせねばならぬ。それが辛いのじゃ。できる限り守るつもりだが、わしも年を取った。いつまでお前たちを守れるか…」
「またわたくしが公爵家側に立ち、今度はおじい様とおばあ様をお守りしますわ。わたくし負けたりしませんわ」
にこっとアキテーヌが笑うとツグレオーネも楽しそうに笑いました。
「今年は妹とアキテーヌ様の横に並ぶつもりですのよ。アキテーヌ様、どうぞお手柔らかに」
「もちろん、とって食べたりいたしませんわ」
二人の孫娘が笑いながら話しているのを聞くと長老にもやっと笑顔が戻ってきました。
「よいか、お前たち。ゴッキの目を見てはいかんぞ。石になるとか、心を壊されるとかいうではないか」
「わたくし一度も目を合わせていませんわ。もちろん今度もそうしますわ」とアキテーヌ。
「ふふふ、逆に石にしてしまおうかしら」
ツグレオーネが笑うと長老も笑いました。
アキテーヌもほほほと笑いました。
年が明けて王族がバルコニーに立ちました。民に新年のあいさつをするためです。
長老が心配した通り、マコリンペリーナのいる側はとても狭くなりました。想像以上に狭かったのです。
しかしアキテーヌは毅然とバルコニーに立ち、ツグレオーネはその華やかさでマコリンペリーナの圧迫感を吹き飛ばしたのでした。
※アキテーヌ・ネージュ・ミカサンドロス伯爵令嬢…ミカサンドロス家の長女
ヨーディリケ・エトワール・ミカサンドロス伯爵令嬢…ミカサンドロス家の次女
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