ナール王子は夜遅くまで忙しく仕事をして過ごし、アイコディーテ姫の寝顔を見てから眠りにつきました。
気がつくとナール王子は小さな子どもになっており、周りには大人ばかりで、その誰一人として顔が見えません。顔だけがなぜか暗くなっていてまったくわからないのです。
みんなは庭のバラを見ていました。真っ赤なバラが咲き誇る中に一本だけ白いバラが咲いていて、大人たちはそれを抜いてしまおうと話していました。曇った声でただ捨ててしまおう、もう要らないなどといっているのでした。
ナール王子は驚いてバラに駆けよりました。
「ぼくが育てるよ。ここではいけないのなら鉢に植え替えてちゃんと育てるよ」
しかし大人たちは相変わらず、もう要らない、捨てなければいけないといって今にもバラをむしり取ってしまいそうな勢いです。
そのうちに影に包まれた手が無数に伸び、白いバラを摘もうとするのです。ナール王子は小さなその手で必死に払いのけました。手のいくつかはナール王子を叩いたり引っ掻いたりして王子を傷つけたのですが、それでも王子はくちびるをぎゅっと噛んで耐え、バラを全身で守っていたのです。
「ナール、それはもう要らないバラだ」
「そうですよ。すべて赤に替えましょう」
「やめて下さい、お父様。ぼくはこのバラが好きなんです、お母様。摘まないでください」
初めて王子は父と母に逆らいました。
しばらくすると影の包まれた手は消えていました。顔をあげたナール王子は一面白いバラが咲き乱れる花園にいたのです。そっと両手を離してみるとそこにあったバラは他のどのバラよりも美しく白く輝いていました。花弁には露が宝石のように光り、まるで冠を戴く女王のように見えたのです。そしてそのすぐ横に小さなバラがつぼみをつけていました。
バラが散っていないことが嬉しくなって王子はほほ笑みました。
「絶対守るよ、絶対に全力で守るよ」
王子はバラに約束をしたのです。
目が覚めてからナール王子は庭園が気になりました。
庭園にもバラがあったはずです。まだ花は咲く季節ではありませんが、無事だろうかと思ったのです。
庭園ではマーサ妃とアイコディーテ姫がバラの手入れをしていました。王子の姿を見つけるとアイコディーテ姫はにっこりと笑いました。
「お父様、おはようございます。お父様もバラの手入れをなさるの?」
「そうだね。一緒に手入れをしようか」
ブルーギル王もいつかはわかって下さるだろう。それまで大切なバラ二輪を守りきらねばとナール王子は強く心に決めたのです。
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