|     ある日、スモールソーサー后はふと思い立ち馬車を用意させるとエーゲレスへと向かいました。 少し気分の良くないブルーギル王の腕をつかみ、ぐいぐいと押すと馬車へ乗せました。 「エーゲレスの女王はわたくしに会いたいはず。ずっとお会いしていないのだから、きっとそうに違いないわ。わたくしは人気者ですもの。わざわざこちらから出向いてさしあげたら泣いて喜ぶわね」 わくわくしながら独りごちるスモールソーサー后はこの数年見たことのない幸せに満ちた笑みを浮かべていました。 后の隣ではブルーギル王が土色の顔で胸を押さえておりました。     城を出ると小さな町へ入りました。 そこには高い塔がありました。 馬車をとめて従者に調べにいかせると、まだ誰も足を踏み入れていない新しくできた塔で町が一望できるということでした。 「まあ、それならわたくしたちが一番に入らなければならないわね」 「登りたいなぁ」   従者は止めましたが、一度言い出したら聞かないご夫婦です。しかも昔から煙と馬○は高いところに登りたがるものです。 ブルーギル王はぜいぜい言いながら、スモールソーサーはドレスをはしょって元気よく塔を登りました。   上までつく頃にはブルーギル王の顔がむくんでパンパンになっていましたが、二人とも笑顔で町の風景を見ていました。 すべてのものが眼下に広がり、まるで自分たちが神になったかのような錯覚を起こしました。 ブルーギル王の顔色はさえず、魂がこのままさらに上へ昇ってしまいそうでした。   馬車に乗り、またしばらく行くと寂れた村に着きました。 まばらに小さな家が立っているだけで木々もありません。 地面は見るからに堅そうで石もたくさん埋まっていて、馬車は揺れました。 そこに人だかりがありました。小さな子どもの姿もあります。   「おやさい、いっぱいできるかな?」と子どもが聞きます。 「みんなで苗を植えたんだからきっとたくさんできるよ。今年こそ豊作になるといいね」 大人の言葉に子どもたちは喜んで飛び跳ねました。   「あら、あんなにはしゃいでいるわ。わたくしが来たことがうれしいのね」 スモールソーサーの乗った馬車が通ると村人は手を振ってこちら側を指差しています。 「まあ、わたくしを呼んでいるわ。もっと近くに行きましょう」 御者に指示を出し、村人のいる方向に馬車を移動させました。こちらの地面には石が無かったのですが、地面は波打っていました。 しかし民を喜ばせるためにスモールソーサーは揺れるのを我慢したのです。   「ああっ、こっちはだめだ」 「苗が踏まれてしまう」 村人の声が高まるとスモールソーサーは声に応えようと手を振りました。 「おやさいがぁ」 子どもの泣き声が響きました。 「まあ、こどもが泣きながら“お優しい”ですって、ほほほ」 勘違いし満足したスモールソーサーは笑いました。 つられてブルーギル王も笑いました。   さらに進みエーゲレスに近づきました。 みると道沿いのパン屋の前に人だかりがあり、何やら賑わっております。 「まあ、わたくしを待っているのだわ。手を振ってあげましょう」 スモールソーサーは馬車から身を乗り出すようにして手を振りました。 人々は通り過ぎる馬車を見てわあっと歓声をあげました。 御者は慌てて馬に鞭を入れました。   「ほほほ、みんな喜んでいるわ」 馬車が通り過ぎると人々はパン屋に向かって声をあげました。 「パンが高すぎるぞ」 「ソレイユ王妃が応援している。悪どいパン屋を潰せ」 ガラスが割られ、物が倒れる音が響きました。   そしてついにエーゲレス国の王宮へつきました。 エーゲレスの歓迎を想像すると自然と顔がほころんで、ドレスの裾までほころんでいることにすら気づきませんでした。 ドレスの裾をぺろんとめくりながらスモールソーサーはブルーギル王の腕をつかみ王宮へ突撃しました。     ところかわってエーゲレスの城では執事が大慌てです。 「大変です、陛下」   「何?呼びもしないのにソレイユの国王と王妃がやって来たというか」 「はい、女王陛下。いかがいたしましょうか」 執事の言葉にエーゲレスの女王陛下は眉間に皺をよせました。   「適当にお茶を濁して追い返せぬか?」 「あれでも一国の王と王妃でございます。それにブルーギル王の顔色は悪く、今にも倒れそうでございます。いつまでもお待たせすれば、万一のこともあるかと存じます」 「それなのに来たというのか…」 「はい。しかしご夫妻ともとてもうれしそうな表情でございます」 「わらわは嬉しうないぞ」 女王陛下のこめかみがぴくぴくと動きました。 「おいでになったものは仕方ございません。一刻も早く対応をなさいませんとエーゲレスは礼儀を知らぬと言われましょう」 「一国と一刻…冗談を言っておるのか?ヘソで茶を沸かすぞよ。…おお、そうだ茶を飲ませてさっさと返せばよい」   執事がブルーギル王とスモールソーサー后のためのお茶の準備をするために下がり、一人になると女王陛下は呟きました。 「わらわはナール王子が好きなのじゃ。ナール王子が来たのなら毎日パーティをして歓迎するのじゃ。才媛の誉れ高きマーサ妃と心ゆくまで話をしたいものじゃ。可愛らしいアイコディーテ姫をぎゅっとハグしたいのじゃ。ああ、それなのに…」 女王陛下は泣きたい気持ちで、深いため息をつかれたのでした。     女王陛下…誇り高きエーゲレス国の女王。   エーゲレス…むかし無敵艦隊を打ち破った眠れる獅子と言われた国。今は起きてもボケボケのソレイユ王と王妃に手を焼いている。 |