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Bon Appetit

10      第十夜:カフェ:洗練された優雅なコーヒーで悪夢を流して
 
 
アイコディーテ姫が学問所へ行ってから、マーサ妃はナール王子のためにそろえた資料を届けました。
忙しいナール王子のためにお会いになる方のことやその国のことなどを丁寧に調べることを常としていたのです。
 
この日ナール王子は資料を受け取ると、中を確認しそれからこう言いました。
「いつもありがとう。おかげでどれほど助かっているかわからないよ」
「いいえ、大したことではありませんわ」
「いや、本当に助かっているよ。しばらく忙しかったから大変だったね。そのせいかな?少し顔色が悪いようだ。横になった方がいいね」
「まあ、大丈夫ですわ。それよりアイコディーテが戻る前にもう少し調べ物を…」
「たまには私にも仕事ができるところを見せる機会をくれないかな?」
そう言ってナール王子が笑うとマーサ妃もつられて笑いました。
 
マーサ妃は疲れていると感じていたのも事実でしたので王子の言葉に甘えて少し休むことにしました。
ベッドは柔らかく温かかったのですが、マーサ妃は少し肌寒さを感じました。
「風邪かしら?」
そんなことを思っているうちにマーサ妃は眠っていました。
 
そこは真っ暗で人のざわめきだけが聞こえます。いつの間にかマーサ妃は声の中心に座っていました。何人もの人が何かを話しているのです。
よく聞くと声は「世継ぎを」「早く世継ぎを」「それまで閉じ込めろ」といっており、そんな声が矢継ぎ早にマーサ妃に投げつけられました。
悲しくて辛くてただ体を小さくして声が過ぎるのを待っていましたが、その声はどんどん大きくなっていくのです。
身体を小さく丸めて声から身を守ろうとしても、言葉の棘が突き刺さります。逃げ出す力も失い、心も身体も押しつぶされないように耐えるだけで精一杯でした。
「だれか…たすけて…」
心が壊れそうになり、マーサ妃は呟くような小さな声で言いました。涙も枯れてしまいました。
 
何か小さな羽音が聞こえます。マーサ妃のまわりを何かが飛んでいるようでした。
すると声は一つずつ消えていきます。
あたりは静寂に包まれて行きました。恐ろしい静けさではなく、温かな守られているような静寂です。
顔をあげたマーサ妃は目の前に一つの小さな、けれどとても強い光を放つ物を見つけたのです
それは心配する様にマーサ妃のまわりを飛び、それから少し遠ざかりました。また少し近づくと、少し遠のきます。
「来いというの?」
そうだというように光は小さく円を描いてどんどん飛んで行きます。マーサ妃はそれを追いました
進むにつれ空気がさらに優しくなりマーサ妃を包み込んでいくのがわかりました。心が軽くなっていくように思いました。
 
光はあるところでピタッと止まりました。
そこは春のように暖かな草原で一面に緑が広がっていました。太陽はその光を充分に降り注ぎ、すべてのものが生き生きと輝いていたのです。
草原の中に一本の草が急に伸びて幾重にも葉をのばし茎の先についたつぼみを守るように広がっていきました。
マーサ妃を導いた光がそのつぼみの上にとまりました
近づいてみると葉に支えられるようにしながらつぼみが大きく膨らんでいきます。
薄い花弁はゆっくりと、一枚ずつ外へと開き、最後の一枚が開くとそこに赤ん坊がいました。ふっくらとしたほっぺたを真っ赤にして力いっぱい泣いています。
「まあ、お腹が空いたのかしら?」
マーサ妃が赤ん坊を抱き上げるとピタッと泣きやみにっこりと笑いました。
姫によく似た赤ん坊で、姫が生まれた時のことを思い出しマーサ妃は胸が締め付けられるように感じ涙がこぼれました。
―おんなのこは やさしくて いいね―
 
光がそういったように思いました。
「ええ、本当に、本当に優しくて、わたくしは幸せです」
そっと涙をぬぐい、すぐに光を探しますがもうどこにもいませんでした。赤ん坊が可愛い笑い声をあげて空を指さしました。
「そう、もうお帰りになったのね」
赤ん坊を抱きしめ、そう応えました。ナール王子によく似た力強さと優しさを持つ声がだれのものかわかったような気がしました。
 
目を覚ました時まだ太陽は高く、眠りについてからそう時間が立っていないことを知りました。しかし体のだるさはすっかりとれ、気分もよくなっていたのです。
広間へ行くとナール王子が笑顔で迎えてくれました。夢で聞いたような優しい、そして力強く支えてくれる声でした。
ナール王子の柔らかな声を聞くとマーサ妃は心が強くなるように思ったのです。
それからお二人は庭の散策をして過ごし、学問所からお戻りになったアイコディーテ姫を仲良く迎えたのです。
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Last updated: 2012/9/25