なんだかにぎやかな音や声がしてきた。
森を抜けるとそこはテニスコート。
でもテニスをしているのは二人だけ。少しスピードの遅い球を打ちあっている。他の人たちはそれを見て、拍手したり、すごいとか素晴らしいとか言っている。
一人は細いおばあさん。相手をしているのはおじいさん。きっとこの人たちがハートのクイーンとキングだわ、そう思った。
テニスコートは綺麗に整えられたバラに囲まれている。赤や白、ピンク。大きな花もあれば、小さな花もある。
花びらがたくさんついたバラがあって、とてもいい香りがしていた。色もきれいなピンク。何となくそのバラの近くでアリスはテニスのラリーを見ていた。
「痛いっ」
ボールを後ろへ反らし、クイーンは膝をついた。
一斉に周りの人たちが駆け寄った。
「痛いわ。痺れるのよ。少し休むことにします」
すたすたとコートを離れ、クイーンはアリスのところへやってきた。アリスはお辞儀をし、クイーンは頷いた。
「こんにちわ、女王陛下」
「おや、こんにちは。ここのバラはいかが?」
「きれいです」と答えた。「このピンクのバラがいいにおいがして好きです」
クイーンの細い眉がピクリと動いた。
「エグランティーヌ(※5)ね。こちらはもうよろしいのではないかしら」
クイーンがそういうと家来たちがバラに向かって歩いてくる。
「どうするんですか?」
「ピンクが多すぎるわ。代わりに赤いバラをもっと植えましょう」
「でも、でも赤ばかりじゃ…」
このバラが摘みとられることが嫌で、ついアリスは言ってしまった。クイーンは怒るかと思ったけど、アリスの顔をじっと見て、それからこう言った。
「では、このバラを植えた者の首をはねなさい」
家来たちは声を上げずに飛び上がって、さあっと森の中へ走って行った。あっという間にクイーンとキングとそれからアリスだけが残った。
クイーンはアリスに聞いた。
「お首ははねたのですか?」
「首ごと跳ねあがって消えちゃいました」
このアリスの答えに満足したらしく、「跳ねたのならよいでしょう」といってクイーンはラケットを握りコートへ向かった。
「女王陛下?痛いのは大丈夫ですか?」
アリスの問いかけにクイーンは「左の痺れは弱くなったわ」といってラケットを持ってボールを打ち始めた。
「女王陛下、お聞きしたいことがあるんです」
でもクイーンはテニスをしていてアリスのことなんて気にもかけていなかった。
「話は聞けたかい?」
笑い顔だけがにゅっと現れた。知恵chatがアリスの前にその顔だけを見せた。
「全然聞けなかったわ。テニスに夢中で話を聞いてもらえなかったの」
「そうだろうね。普段から人の話を聞いてくれない方だからね。」
「それに家来もみんなどこかへ行っちゃったわ」
「また集まって、クイーンを褒めるさ。それにクイーンは空想しているのさ。自分が一番素晴らしいって空想をね。まあ、空想以外他にすることがないんだから、しばらく待つんだね」
それだけ言って顔がすうっと消えていく。
※5…別名プリンセスマサコ。プリンセスミチコは濃いオレンジ、赤。これ以上詳しく知りませんのでこれにて御免
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