「歌会始って何かしら?」
「ブ…」
少し歩くと子どもは動かなくなってしまった。
「疲れたの?」
「ブブ…」
変な声がするのでよく見ると…さっきまで子どもだったはずなのに、鼻が上を向いて手をついている。耳も長く大きくなって頭の上の方についていた。
「ブブゥ」
いつの間にか豚になってしまった子どもはアリスが手を離したすきにものすごい速さで走って森へ行ってしまった。
「いつ豚になったのかしら?それとも初めから豚だったのかしら?」
「歌って言ったのかい?それとも豚?」
誰かが聞いた。声のする方を見ると近くの木の枝に大きな猫が座っている。顔は猫だけど人間みたいに笑っていた。
「豚って言ったのよ」
「そう、豚飼い始かい」
うんうんとネコは頭を縦に振って一人(?)で納得していた。
「豚飼い始…じゃなくて歌会始なら言ったわ。それであなたは誰なの?」
「知恵chat(シャ)さ」(※3)
「ちえしゃ?ネコ?」
にやりと笑いしっぽを振った。
「何故笑っているの?」
「クショウしているのさ」
「何故クショウしているの?」
「みんな、知りもしないことを知ったように話して、知恵がある者のいうことを聞かないからさ。知恵chatは知性があるからそういうものにチクショウなんて言い方はできないのさ。だから知を取ってクショウするのさ」
へんてこなものにしか会っていない愛ちゃんは知恵chatがまだまともだと思えた。だからちょっと聞いてみた。
「ここの人たちって変じゃありませんか?」
「ここの住人はみんな狂っているのさ。公爵夫人は外ではニタニタ笑っておるし、みんな頭も目もぐるぐるまわっとる」
「そう言えば、鳥たちもドードーメグリしていたわ。でも、私は狂っていないわ」
「ここにおるのに、かね?」
「そうよ、猫を追って来たんだもの。ここの住人じゃないから狂っていないわ。そうだわ、小さな猫を知りませんか」
「知っとるよ。私よりも小さくて、しゃべれない猫を小さな猫と言うんだよ」
「そうじゃなくて、小さな猫を見ませんでしたか?」
「さあ、自分が子供の頃に水に映っていたのを見たのが最後だね。もし何かを探すのならハートのクイーンのところへ行くといい。色々なものが集まっているからね」
「ありがとう」
アリスはちゃあんとお礼を言った。相手がへんてこでもお礼をさぼったりしない。
知恵chatはにやりと笑って、そのにやり笑いを残して姿を消した。それからゆっくりとにやり笑いが消えた。
「本当に変な猫ね」
アリスは探している猫がへんてこな猫でないといいな、と思って歩き出した。
「そっちじゃない、あっちだよ。帽子屋と三月うさぎをこえておゆき」
急に現れて知恵chatは尻尾で逆を指してまた消えた。
本当は「ありがとう」と言おうとしたけど、すぐに消えたので言えなかった。
教えられた方へ行くと話声がする。
「ここが帽子屋さんと三月うさぎさんのところかしら」
さらに進むと、木に囲まれて上から光が落ちているところへ出た。四角いテーブルに白いクロスがかかっていて、ティーポットが真ん中にあり、ティーカップがきちんと並んでいる。
公爵夫人のキッチンみたいにぐちゃぐちゃじゃなくってアリスはほっとした。
テーブルは10くらい座れそうだけど、そこにいるのはたった二人。正確に言うと一人と一匹。
きっちりとしたスーツに帽子をつけた、帽子屋というよりお客さんの方があっていそうなおばあさん。それともう一人(?)はうさぎの顔だけど耳が細すぎて長すぎる。体を丸めているのか首の下は大きな塊のようだった。
「こんにちは、私はアリス。あなたが帽子屋さんですか?」
丁寧に言って、ぺこりとお辞儀をした。
帽子屋はまっすぐ前を見たまま少しも表情を変えないで「わたしが自分を帽子屋といったかもしれません」と答えた。
なんだか変わった言い方をするけれど、そんな人しか会っていないからアリスは慣れてきていた。
「あなたが三月うさぎさんですか?」
「何のことだい?」
そのウサギは答える。たしかに知恵chatは“三月うさぎ”と言っていたはずだけど、違うみたい。
「あなたは三月うさぎさんではないの?」
「俺はサンガツ・ウサギじゃない。ハンカツウ・サギさ」
アリスが目を凝らして見てみると、耳だと思っていたものが細長いくちばしに見えてきた。右を向いていたように思っていたけど、いまでは左を向いているように思える。(※4)
体を起こすと細くて長い脚が2本、首もとっても長い。体には羽根が付いていて広げたらきっと大きいでしょう。
「三月うさぎって聞いたのに、ハンカツウ・サギだったのね」
「初めからハンカツウ・サギと言ったのではないでしょうか」と帽子屋。
カタンと音がして、ティーポットのふたが開いて中から小さなネズミみたいな動物が顔をのぞかせた。
「あなたは知っているわ。図鑑にのっていたもの。ヤマネね」
「それはヤマシという種類のネズミといってよいのではないでしょうか」と帽子屋が言う。
「新型ネズミというのだ。もしくはヤマシという判断が間違っている。誤診だ」今度はハンカツウ・サギが言う。
ずっとこんなふうに続くのかしら、と思ってアリスは丁寧にお辞儀をして「とても楽しかったわ、さようなら」といって、どんどん森の中を進んだ。
後ろの方では「いま、さようならといったのではないでしょうか」だの「あの子は新型の病気に違いない」だの「きっとクイーンがイカレフルーツポンチを持って来て下さる」だの、勝手なことを言っていた。
※3…知恵者が集まって議論するのが有識者会議。
知りもしないで勝手に話すのをコメンテーター又は自称ジャーナリストと言う。
※4…ハンカツウ・サギとはおそらくこのような動物⇒ジャストローの錯視
ちなみにハンカツウとはいい加減な知識で通人ぶるひと
またはその人やそのさまをあらわす。
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