不思議の国のアリス

不思議の国のアリス(※1)
 
※1…明治43年に発売された丸山英観(薄夜)訳、
内外出版協会発売のアリスのタイトルは「愛ちゃんの夢物語」と言いました。
(他に美ィちゃん、まりちゃん、など翻訳者がかなり勝手な名前をつけていました。
内容も途中で別な話になったものもありました。)
 アリスのモデル、アリス・リデルは黒髪でした。
 

 3   V.公爵夫人とこしゃくなメイド
更新日時:
2011/12/23 
 
 一人ぼっちになったアリスはとぼとぼ歩きだした。
 どうも外へ流されていたらしく、太陽が真上にあった。草が自分の背よりもうんと高く、アリスは小さなままだった。
 しばらく行くとコケがいっぱいのちょっと湿った柔らかな地面にキノコが生えているところについた。
 キノコはアリスの背よりちょっぴり大きかった。
 「シイタケみたいだけど、なんていうキノコかしら。お家に帰れば辞典で調べるのに」
 キノコのまわりをぐるりと回りながら呟く。
 
 「自転しているつもりかい?でもそれじゃ、公転だね」
 足元で声がする。もうこのころにはアリスは変なことになれて、驚きもせずに足元を見た。
 靴くらいの大きさのダンゴムシがアリスを見上げて呆れている。
 「わたし、自転なんてしていないわ。辞典で調べようって言ったのよ」
 「どんな調べも聞こえなかったけど、何の曲を引いてたんだい?」
 「話にならないわ」
 「話って木にはどんな実がなるんだい?」
 何か言おうしたけれど、きっとまたこんがらがって変なことになるんだわ、とアリスはじっとダンゴムシを見ていた。
 ダンゴムシもじっとアリスを見ていた。
 それからダンゴムシは当たり前のような口調で言った。
 「キノコを食べて大きくなったら、話の成る木を探そう」
 そう言ってアリスにお尻を見せて歩き出した。お尻と行ったのは頭と逆の方だったから、お尻だと思ったんだけどね。
 アリスも後ろを向いて、キノコを見た。
 
 「キノコを食べると大きくなるのかしら?ケーキやジュースみたいになるのかしら?」
 ダンゴムシに確かめようと振り返ると、「ジップロック、ジップロック」という声とともにダンゴムシが大きな手に捕まえられて、ビニールの袋にぽいっと投げ込まれていた。
 びっくりしてキノコの陰に隠れて、大きな(大きすぎるけど)足が遠くへ行くのを待った。
 
 「あれはなんだったのかしら?」
 少ししてからおそるおそるキノコの端をちぎって口に入れた。生でキノコを食べるのは初めてだったけど、けっこうおいしかった。ごくんとのみこむと、身体が伸びてキノコを見下ろす大きさになった。
 「やっといつものわたしね。いつもというより、少し前のわたしだわ」
 
 アリスはどこへという訳でもなく歩き出し、一つのお家に行きついた。大きなお家でりっぱな扉にはノッカーが付いていて誰かが叩いてくれるのを待っていた。
 と、そこへやってきたのは奇妙な姿のメッセンジャー。
 なにが奇妙って…古めかしいお仕着せを着て、髪はくるくる巻いた鬘をつけて、ちゃんと帽子をかぶっていて、…なのにその顔は縦に平たくて目が離れていてまるで魚(※2)。
 
 「ハートのクイーンより公爵夫人にお手紙です」
 その魚、いいえメッセンジャーはノッカーを叩き、中から出てきた従者に手紙を渡した。
従者はというと深いため息をついて扉の外で座り込む。
 従者をよく見ると…こっちも魚みたいな顔。メッセンジャーとは違い顔は横に平たくて細くて長い髭がにゅっと伸びている。
 「あの…」とアリスは声をかけた。「お手紙をもっていかなくていいの?」
 するとナマズみたいな顔の従者はアリスの顔をちょっと見て、すぐに首を横に振った。
 
 ナマズは動きそうになかったので、アリスは手紙を届けようと思った。だって大切なお手紙ならすぐ届けなきゃいけないって知っているから。
 少し重そうなノッカーを叩くと中からガチャンと何かが割れる音がする。足元のナマズがため息をついた。
 「誰も出ないよ」
 「どうして?」
 「ドアを開ける奴がここにいるからね」
 わかったようなわからないような、変な気分でドアを開くと、中はキッチンだった。
 
 「こんにちわ」
 ちゃんとご挨拶をして中に入ったけれど誰も何も言わない。
 お鍋に向かってぐるぐると中をかき混ぜている女の人と、手前にいすに座ったちょっと偉そうな女の人がいて、床にはお皿が割れて落ちている。
 椅子に座っている方が公爵夫人らしく、ドレスを着て、腕に子どもを抱いている。
 「まずはあいさつっ」
 突然叫ぶ。
 「今しましたけど…」
 アリスが答える。公爵夫人はアリスのことを睨み、腕の中の子供をぽんぽんと叩くと「ごきげんよう」とかの鳴くような声で子どもが答える。
 それから子どもはまるで関係ないかのように外の方を見つづけた。
 
 手紙をそっと置いて出て行こうとするとまた公爵夫人は叫ぶ。
 「歌はできたのっ」
 「歌って…何の歌ですか?」
 アリスが驚いて答えると、お鍋をかき回していた女の人がお玉をびゅうと投げ、公爵夫人に言い返す。
 「歌会始の歌よっ、できなきゃ氷のミーティングよっ」
 「いいからさっさと作りなさいっ」
 「…飛び降りて 靴脱げ走る こうやまき 仰ぎてをれば 母怒りくる…これでどうです?」
 「あら、いいわね」
 公爵夫人が答えると子どもが「あわあわわ」と声をあげる。
 「おだまりっ、誰かこの子をどやしなさい」
 びっくりした子供は床に落ち泣き出す。
 「どやすなんて」とアリス。「わたしならどやさないであやすわ」
 子どもの手を引いて叫び散らす公爵夫人から逃げるように家の外へ出て行った。
 
※2…ブルーギルとぞ人のいひける


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