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    of  Destiny Angel

空想小説「ある林檎の物語」 【上】 現代字版
諍いの女神エリスは、ギリシャとトロイアの大戦争にすっかり味をしめていました。諍いを喜ぶものとしては上出来だったのです。
「たったひとつの林檎で、あれだけ多くの血を流させるとは、我ながらよくやったものだわ」
そうです。エリスは黄金の林檎に「一番美しい女神へ」と書いて、ギリシャの国のオリンポスの神々の宴に投げ込んだのでした。ヘラ、アテネ、アフロディテの3人の女神達がその林檎を欲して譲らなかったので、困った主神ゼウスは、「一番美しい女神へは誰か?」という美の審判をトロイア国の王子パリスに頼んでしまいました。それが、20万の兵が戦い、神々も贔屓の国を手助けして仲間割れしたという、トロイア戦争のきっかけとなったのです。
 
ふたたび、どこかで争いを起こしたくなったエリスは、世界の国々を見回しました。砂漠のユダヤやイスラームの国々には、神が一人しかおりません。けれど、東方に、オリンポスのように神々が沢山いて、女神も大勢いる国を見つけました。
「あそこにしよう」
エリスは、また黄金の林檎を投げ込む事にしました。あの国の神々はちょっと手強いという噂を聞いたので、言葉をさらに書き加えて。
 
ぽーーーん。
「おや、何か飛んできた」
高天原でにぎやかに宴を開いていた神々は、頭上から何かが降ってきたので驚きました。
「はて?、林檎だ、何か書いてある」と、敏捷な神タヂカラオが黄金の林檎を拾いました。「『一番美しく賢い女神へ』と書いてあるぞ」
「おやおや、なんと」「この煌めく林檎は誰の物にすれば良いだろう?」神々は首をかしげて考えました。
「コノハナサクヤ、そなたが一番美しいであろう、林檎の持ち主になってはいかがか?」と、主神のアマテラスが口を開きました。
「そんなことはありません、色っぽさと頭の回転では、アメノウズメさんの方が上です」とコノハナサクヤは答えます。
一方、アメノウズメは「美しさも賢さも、私よりヤマトタケルさんが勝ります」と言い、ヤマトタケルは「いやいや、僕は男だから、女神ではないよ」と首を振りました。
「オトタチバナが綺麗でしょう」と言う者も、「トヨタマヒメも魅力的だなあ」と言う者もいます。
皆が色々に考えていると、知恵の神オモイカネが「この黄金の林檎は、アマテラスオオミカミの物です」ときっぱりと言いました。
「確かに!」「そうだそうだ」神々は納得しました。
「私が、一番美しく賢いのですか? なんだか気恥ずかしい。このような林檎は個性尊重の時代に似合わないではないか? ナンバーワンより、オンリーワンが尊いでしょう」と、アマテラスは答えました。
「いや、いくら個性の時代でも、アマテラスオオミカミには、一番であっていただかなくてはなりません」「そうでなくては、日本の神々の面目がない。あなた様は輝く太陽神で主神であらせられます!」
そう神々に言われて、アマテラスは「それでは私がいただくとしよう」と、黄金の林檎を受け取ったのでした。
 
アマテラスは八百万の神々の総氏神という重責を担っていたため、男神達に褒められることにも、他の神と競い合うことにもあまり興味がありませんでした。ですので、黄金の林檎の言葉の意味にもピンときませんでしたが、日本の神々が、全員の面目をかけて自分に林檎を託してくれたのは嬉しいことだと思いました。
そこで、その林檎を、機織り機のとなりの、檜の台の上に飾っておきました。
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Last updated: 2012/2/27