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    of  Destiny Angel

空想小説「ある林檎の物語」 【下】 現代字版
それから、月日が流れ、ある澄み渡った晩のこと、鏡の前で一心に祈っていたアマテラスは「葦原中つ国に、やがて、きらきらしく優れたヒメミコトが生まれる」という、未来を感じとりました。「私の子孫に、かようなヒメが現れるのはなんとも頼もしい」と、アマテラスの気持ちは高なり、その時ふと、あの黄金の林檎に目が行きました。
「おお、林檎を、生まれてくるヒメミコトに授けて励ましましょう」
アマテラスは、時が来たら黄金の林檎を、天上と地上を行き来するサルタヒコに頼み、地上にある葦原中つ国へ運ばせようと考えました。
 
一方、ギリシャの諍いの女神エリスは、自分が投げ込んだ林檎が、どんな騒動をもたらしたのか、首尾を確かめにやってきていました。しかし、高天原では何も争いが起きていないようなので、怪訝に思っていました。
「ええい悔しい。この国の女神達は、美しさ賢さを競う気がないのか」、エリスは歯がみしました。エリスは「男目線の評価を気にしない女神」というものを、良く理解していませんでした。日本の最高神は女性だと言う事が、きちんと西洋にまで伝わっていないのでしょう。
いらいらとしていた諍いの女神は、ふと何か思いついたようでした。
アマテラスが出かけた隙に、檜の台の上に飾ってあった黄金の林檎を手にすると、そのまま天から下に勢いよく放り投げてしまいました。
 
ころ?ん???。
林檎は、葦原中つ国のトウグウゴショという場所の門前に落ちました。
守衛が見つけていれば何も問題が無かったのですが、その日に限って、コウゴウサマという方が、自分の愛用キッチンが改造されていないか、トウグウゴショに確認に来たところだったのです。
「あら、こちらにあるのは何かしら。まあ、夢のように綺麗な林檎、不思議な光を放っているわ。私の少女心をくすぐります」と、嬉しそうに黄金の林檎を拾ったコウゴウサマでしたが、刻まれた文字を読んでいるうちに、その顔はみるみる険しくなりました。
「なぜ、なぜなの!?なぜトウグウゴショに『一番美しく賢い女神へ』と書かれた不思議な林檎が落ちていたのかしら!ワタクシの住むコウキョではなく!」「許せない!コウタイシヒが一番美しく賢いと、妖精や神までもが思っているの?国民だけではなくっ」「この黄金の林檎はワタクシの物よ、そう、絶対に誰にも渡しません!」
コウゴウサマは、お皿の形の帽子を振るわせながら怒りをかみ殺し、不思議な林檎をマントの中に隠しました。これからは、もっともっとコウタイシヒの評判を落とさなければいけないと、心に誓いながら。
 
それから、葦原中つ国には、美しくて賢いコウタイシヒを中傷する流言がまかれました。それでも、コウタイシヒの人気はなかなか衰えず、さらに、愛らしいヒメを生んだことを国中が喜びました。そこで、コウゴウサマは、とっておきの標語を繰り出したのです。
「ヒメでは意味がない。男児でなければ」
テンノウヘイカが、この標語にうんうんと頷いてしまいました。
ミヤヒは、今こそ自分を売り込み、コウゴウサマが持っていると噂の「一番美しく賢い女神へ」の林檎を継承したいと思いました。そこで「ワタクシが男児を産んでみせます」とささやきました。コウゴウサマは、魅力のないミヤヒなら自分を脅かさないと考え、彼女を重用することをテンノウヘイカに勧めました。彼らの頭には、跡目争いになってしまうということも、民が悲しむということも、浮かばなかったようです。
葦原中つ国の民の多くは、標語をいぶかしげに読んでいましたが、なんと神々をまつるジンジャが、「ヒメでは意味がない。男児でなければ」という言葉をいっしょに唱えだしてしまいました。
 
地上を見おろしたアマテラスは大変に嘆きました。「ニニギを送って、葦原中つ国をまかせてからの永い時間には色々あったが、このように情けない有様は初めてではないか? しかも、私がヒメミコトに授けようと思った黄金の林檎が、あんなところにある」
アマテラスは、また天の岩戸に隠れてしまいたいと思いましたが、長年総氏神の立場にあるのに、いつまでも弱々しいことではいけないと、気持ちを持ち直しました。
 
そして天上から地上を眺めている多くの神々に対し「私達、高天原の神は、葦原中つ国の誰かの味方をせず、中立であり続けねばなりません。西洋で起きたトロイア戦争のようになってはいけない」と、厳重に注意をしました。
以来、神々は、非常にヤキモキしながら、葦原中つ国を眺めているということです。何しろ、ニニギの子孫が絶えてしまいかねない様子なのですから。
諍いの神エリスの林檎は、地上では大きな効果を発揮してしまいました。しかし、いつかは、きらきらしいヒメミコトの手に渡されることでしょう。ヒメミコトの出現は、アマテラスオオミカミが予感したことなのですから。
でも、ヒメミコトも、他人と比べられることに興味が無いので、黄金の林檎の言葉にピンと来ないかも知れませんね。
 
おしまい
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Last updated: 2012/2/27