今は昔のこと、世の乱れが激しくなり霊獣たちの中には中つ国を去り天に留まるものが多くありました。
瑞獣である龍たちの王、青龍王もまた地を離れ天に留まることを選んだ者でした。
かつて天と地を闊歩していた霊獣たちも今は散り散りになり、青龍王同様に潔癖な瑞獣『麒麟』は行き方知れずとなっておりました。
青龍王とその眷属たちは天を泳ぎながら地を覗くことがありましたが、その多くの時、この世の乱れを憂い深いため息とともに雨を降らせてその場を去るのでした。
ある日、眷属たちが中つ国に雨を降らせておりました。
青龍王が雲の隙間からのぞくと何やら賑やかではありませんか。
「なに事ぞ?」
「ミカドの子、アズサノミコが妻を迎えたり。民、おほいに喜び、さはがしく、これを静めんがため雨を降らせんと思ひける」
眷属たちは気づいていませんでしたが、青龍王はアズサノミコとその妻となるハマナスノヒメの中に輝くものを見つけました。
「おお、あの中に眠りしものは霊獣の王たる『麒麟』なり。眷属たちよ、雲を散らせ。雨水を止めよ。アズサノミコとハマナスノヒメにひとしずくたりとも雨を落とすまじ。我が命に背きし者はこの爪で切り裂いてくれようぞ」
眷属たちは慌てふためいて辺りを飛び回り、雲をかき消しました。
青龍王が見つめる先にはほほ笑むアズサノミコとハマナスノヒメ、その内に宿る『麒』と『麟』の穏やかな波動がありました。
「この地に善きしるしを見つけたり。あな、嬉しや」
この時青龍王はあまりの嬉しさに妖狐の存在を見逃してしまったのです。
もし青竜王が妖狐を見つけていたのならその爪で妖狐を掻き出し深淵の奥へと閉じ込めたかもしれません。そうなっていたならばハマナスノヒメがこれから受ける苦悩は減ったことでしょう。
そののちも青龍王は妖狐に気づかぬまま、時折中つ国を覗き込んではアズサノミコとハマナスノヒメのために雨雲を散らし、いつの日か再び『麒麟』と蒼天を舞うことを思い描いておりました。
その間も妖狐はすべてを食らい尽くそうと狙っていたのです。
青龍王が妖狐に気づくのはまだ先のことでした。
終わり
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