この世には瑞獣というものがおります。
霊獣の中でもその姿を見るだけでもめでたいこととされるものたちを瑞獣といいました。
その瑞獣に麒麟という生き物がいます。この世に『仁』と『徳』がある時にのみ姿を現すという神聖な生き物で、逆に不徳の君主がいる場合、麒麟はその命を失うこともあるという潔癖な霊獣です。この麒麟を傷つけることは不吉なこととされているのです。
麒麟はオスの『麒』とメスの『麟』が夫婦でいるのですが、この世が乱れ、争いが続くうちにどんどん弱っていきました。
大きな戦争が二つあり、すっかりやつれた麒麟はいつしか別れ別れになり互いを探してこの世を彷徨っていました。このままでは死んでしまうかもしれません。
オスの『麒』は空を彷徨う中で『仁』と『徳』を持つ方を見つけました。ミカドとコウゴウです。『麒』はコウゴウの胎を仮の宿として力を取り戻そうと考えました。
「我、かの胎に宿りたく思ひしが、時遅く、かの胎は閉じけり」
ミカドとコウゴウの年齢を考えると『麒』の願いはかないそうにありませんでした。『麒』はそのまま消えてしまうかと哀しみましたが、ミカドの子が妻を迎えることとなったのです。
「かの胎はわが宿にあらず。されど『仁』と『徳』の王の血を汲む者を宿す胎なれば、我、宿とし、『麟』を待てり」
『麒』はミカドの子の妻の中に入り時を待つことにしました。
数年後、メスの『麟』は『麒』を探し求めある夫婦の元までやってきました。すでに身体は限界でした。
しかしこの夫婦のそばにいると身体が空を駆け回っていた頃のように軽くなるのを感じました。
「ああ、この胎に宿りて『麒』を待たん。善き者たちよ!我を救い給え」
『麒』は赤子の中に深く眠りながら傷を癒しました。『麒』を宿したまま生まれたアズサノミコはミカドから『仁』と『徳』を受け継ぎ、身も心も健やかに成長しました。
ミカドとアズサノミコは『麒』の力を少しずつですが戻していったのです。しかし、ミカドが亡くなり新しいミカドの御代になると『麒』は再びアズサノミコの中に深く沈んでいったのです。
霊獣の仲間の中には『不徳』を好む凶獣がおりました。
九本の尾を持つ妖孤がそれです。
かつて天竺で王と太子を惑わし、殷においては皇帝に取り入り国を乱し、滅ぼした恐ろしい魔物です。
ミカドの国にも来て世を乱そうとし、ついには石に封じられた妖狐はわずかな力を残し長い間眠っていたのです。『徳』を持つミカドは妖孤の封じられた地を愛しておりました。そのためでしょうか、ミカドがおられる時には妖孤はその力を取り戻すことができませんでした。しかし『徳』が弱まると嬉々として石から飛び出したのです。
妖孤は新しいミカドの近くに居り、世を乱そうとしていました。
そのために『麒』はその力を完全に復活させることが難しかったのです。
一方『麟』は深く眠りながら宿主となったハマナスノヒメの中で静かに英気を蓄えていました。というのもこのヒメは学ぶことが好きな聡明な優しい『仁』を持つヒメだったからです。
『麟』はヒメの中で『麒』に出会う日を待ちながらその力を取り戻しつつありました。
実は『麒』と『麟』は出会っていたのです。しかし『麒』は『徳』と『不徳』の入り混じった環境にあり、まだ充分に力を取り戻してはいなかったのです。そのために『麟』は『麒』に気づかなかったのです。
『麒』の宿るアズサノミコは麒麟の呼び合う力とは別にハマナスノヒメに心を魅かれていました。美しく聡明なヒメはアズサノミコの思いを知りつつもご自分の力を別の場で発揮したいと思いでしたのでアズサノミコの思いを受け止めることはできませんでした。
『麒』はアズサノミコを取り巻く状況に苦しめられていました。瑞獣である『麒麟』は『仁』と『徳』がなければ生きてはいけないのです。
しかし『麒』は『麟』と出会うことができませんでした。
さらに月日がたち、アズサノミコは思いを断ち切ることができずハマナスノヒメに再びその思いを告げました。ハマナスノヒメはアズサノミコの思いを今度は受け止めました。ともに『徳』の国をつくろうと決心なさったのです。
アズサノミコとハナマスノヒメが再びお会いになった時に『麟』は夫である『麒』がいることに気づきました。
「ああ、我が目は石であったか。なぜに『麒』を見過ごしたか。ミコの中に眠りしものこそ我の夫、『麒』、清らかなるもの。二度と離れまいぞ」
『麒』も妻がハマナスノヒメの中にいることを知り嬉しく思いました。
「妻よ。『麟』よ。我ら、力を合わせミコとヒメとともに善き世をつくらん」
『麟』は『麒』とともにアズサノミコとハマナスノヒメのつくる『仁』と『徳』の世に再び姿を現すことを夢見ました。
アズサノミコはハマナスノヒメを娶り、ともに歩き始めました。
ミコとヒメが寄り添うように『麒』と『麟』も新たな『仁』と『徳』の時代を待っていました。
しかしその姿を睨みつける妖狐がいたことに気づいてはいませんでした。
数年たったある日、ハマナスノヒメが愛らしいヒメミコトをお産みになりました。
このヒメミコトは生れついて『麒麟』の徳を備えた方でした。
『麒』は大層慶んでいいました。
「稀なる清らかなる御子、我、瑞祥となりヒメミコトを祝おう」
『麟』は大層慶んでいいました。
「ヒメミコトこそ麒麟の子なり。我らが待ち望む世をつくるお方。ああ、嬉しいこと」
ハマナスノヒメに抱かれたヒメミコトは空高く瑞獣たちが寿ぎ祝い踊る姿を見つけ指をさしました。
人々がヒメミコトの見つけた物を知りたくて見上げた空は青く澄んでいましたが、そこには何も見つけられませんでした。
しかしヒメミコトの瞳はヒメミコトの中に生れついて存在するものを映していたのです。
この寿ぎの時ですら九尾の妖狐はヒメミコトを睨んでいました。『仁』と『徳』の時代をつくる戦いは始まったばかりなのです。
麒麟は力を取り戻し、いつの日か、そう遠くない日に妖狐に勝つでしょう。
麒麟の力は覚醒しつつあるのですから。
終わり
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