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第二十一話 だっちゃん脱藩の事 「シャバはいいね。空気がおいしいよ」 とだっちゃん。 「おらは、腹が空いただ」 と栗萬法師。 いがいが峠で奇しき出会いを遂げたふたりは、長い道程を西へ西へと歩いておりました。 行けど進めど山また山の、岳の高さよ夜の寒さ。栗萬法師は、馬の背に跨るのにもくたびれて、すっかり嫌になってしまいましたが、だっちゃんのほうは、くたびれたのくの字も言わず、楽しそうに歩を進めております。 「犬は西方へ、天竺へ」と、唄さえ口ずさんでおります。 「ああ、おらモウ嫌ンだ、いがねエ」 だっちゃんの飄々とした態度に苛立って、癇癪起こした栗萬法師、山の真ん中でだだをこねはじめました。 「おら、腹が空いただ、モウ、一歩も進まネエ」 「ワガママ言ってんじゃないよー!こんな山の中でどうしたいって言うの?」 「腹空いただよう!」 欠食児童のような顔をして、情けない声を出す栗萬法師です。だっちゃん、ヤレヤレとため息をつくと、 「じゃあ、ここで待っててね。どこにも行かないでね。だっちゃん食べ物貰ってくる」 栗きんと雲を呼び出して、ビューンと弾丸のように出かけて行きました。そして、五分くらいしますと、竹の皮の握り飯を持って帰ってきました。 「親切なお百姓さんに分けて貰ったよ」 「ああ、ありがてえ、にぎり飯だ。この山の近くに、そんなお百姓さんがいたかね」 「ここから千里も離れた村へ行ってきたんだよ」 だっちゃんがこともなげに言うので、栗萬法師は思わずにぎり飯が喉につかえてしまいました。 「千里?千里って、一里二里の千里かね」 「そうだよ、だっちゃんの栗きんと雲は一万八千里もひとっ飛びだよ!」 「そんなら、おらを乗せて天竺まで行ってくんなよ!なにもこんな辛い思いして道中しなくっても済むでねえか」 「駄目だよ。辛い思いをするのも修行なんだから!それにだっちゃんの栗きんと雲は、仙術を極めた者しか乗れないんだよ」 それを聞いて栗萬法師はガックリうなだれました。怠け根性の彼は、今更にしてこの旅を悔いているのでした。 「そら、陸を行くのに後悔(航海)もないもんだよ!」 だっちゃんに急かされて、栗萬法師は再び馬上の犬となりました。 ポックリポックリ伽弟楽に揺られておりますと、栗萬法師はウトウトと眠くなりました。 たづなはだっちゃんがひいてくれますし、道はなだらかな丘の上。 よだれを垂らしつつ、コックリコックリ舟をこいでおりますと、凄まじい雄叫びが耳をつんざきました。 ハット気を取り戻すと、何という事でしょう。見事な大虎が目の前に立ちふさがっているのです。 栗萬法師の赤毛は、一瞬にして白くなってしまいました。 「あわわ、あわわ・・・」 と、声も出ません。 「平気、平気、心配いらないよ」 だっちゃんは暢気に笑っているばかりです。 「何が心配いらねえだよ、虎だど、大虎だど、酒屋でとぐろ巻いてるトラとは、訳が違うだよ!」 「モウ、だっちゃんにまかせてってば!」 だっちゃん、毛皮に刺していた針を取り出しますと、伸びよ!と呪文をかけました。 忽ちにして、天下一品の兵器、駄んべる棒が現れました。 「ソレッ、今夜は虎鍋だよー!」 ゴチンッと一発、虎の脳天に振り下ろすと、あっけなく勝負は決まってしまいました。 だっちゃんは慣れた手つきで、悠々虎の皮を剥いでおります。 傍で見ておりますと、まるで地獄絵巻の牛頭馬頭です。 栗萬法師は、カタカタ小刻みに震えて、言葉もありません。 「良かったね、これで今夜のおかずの心配いらないよー。でも、虎って食べたことないんだよね。カイカイにならないといいな。中華鍋でもどっかで借りて来ようか」 だっちゃんの声に、ようやく我に返った栗萬法師、思わず大きな声で、 「そんな肉は、早く捨てんだ!」 「なんでさ」 「なんでって、おら達は出家だど。肉食しちゃあ、なんねえの」 「だっちゃんは出家じゃないよ!」 「おらの弟子になると、自動的に坊さんってことになるだ。おらは、エライエライ法師なんだから、ハリマヤ橋でカンザシ買ったりはしねえぞ」 「じゃあ、アンタだけ食べなければいいじゃない。だっちゃんは食べるからね!」 「お師匠のおらが食っちゃなんねえって言ってんのに、どうして弟子のおめえだけが食うんだ! サア、早く捨てろ!」 栗萬法師は鼻に皺を寄せて、だっちゃんの手から虎肉を奪おうとします。 だっちゃんは取られまいと、これまた顔面に怒気を走らせて応戦します。 捨てろ、捨てないと問答を繰り返しながら、しばらく肉の取り合いをしていましたが、ついにだっちゃんの癇癪玉が破裂して、 「イヤダー!これはだっちゃんの肉なんだー!誰にも渡さないよ!」 駄パンチがビュッと飛び出しました。避ける間もなく、栗萬法師はノックアウトでグロッキー。バッタリその場へ倒れこんでしまいました。 「もうだっちゃん、弟子やめた!西なんか行かないからね!」 虎肉を後生大事に抱えて、栗きんと雲で飛び去ってしまいました。 |
第二十二話 謎の栗まんじゅうの事 だっちゃんがいなくなって半時ばかり。栗萬法師は、アイタアイタタタと目を覚ましました。 パンチを食らったオデコには、お餅のようなタンコブが出来ています。伽弟楽はと見れば、暢気に草を食んでいました。 「おらがこんな目にあっているっていうのに、おめえは・・・」 プンプンに怒りながら、栗萬法師は立ち上がりました。 「それにしても、なんちゅう弟子だ。お師匠さんこと、ブン殴んだもんね。 ・・・ああ、これからどうすべえ」 ひとりになれば、やはり寂しい犬心。これからたった一匹で、長い道中を続けるなんて、ズッシリと気分が憂鬱になります。いっそ、引き返してしまおうか、なんぞと考えていると・・・。 蓮太郎サン 蓮太郎サン お腰につけた 栗まんじゅう ひとつ私にくださいナ 不思議な唄が聞こえてきました。 オヤと耳を澄していると、丘の向こうから、腰の曲がったばあさんが、唄いながらやって来ました。 「もしもし、そこのお坊さん、栗まんじゅうは如何ですか」 ばあさんは愛想よく笑いながら、声をかけました。 「おら・・・、銭がねえだよ」 「オヤオヤ、それはお気の毒に。ではね、お代はいりませんから、この栗まんじゅうを差し上げましょうね。この栗まんじゅうは、とても不思議な力があるのですよ。これを食べた者は、あなたのお弟子になって、西方へ行きたくなるんです。ホッホ、先ほどのネ、喧嘩別れしたお弟子さんに、ひとつ食べさせてはどうですネ」 おやおや・・・、このばあさん、なんでさっきのことを知っているんだろう、不思議だ、と栗萬法師は首を傾げました。ばあさんはお構いなしに、栗まんじゅうを押し付けると、耳元へ顔を寄せて、 「いいですかな。これから私の唱える呪文を覚えるのですよ。決して他言しては、ナリマセヌゾエ」 コソコソコソと伝えると、栗萬法師が口を開くより先に、ばあさんの姿は煙のように消えてしまいました。 アッ、今のは栗萬菩薩の化身だ! 慌ててその場へ額づきました。 「ありがてえ、これでなんとか旅が続けられるだよ。だども、あの犬何処へ行ったんべ」 すると、伽弟楽が、ヒヒンヒヒンと鳴き出しました。それは、早く上に乗れと言っているようでした。 「おめえが場所さ知ってんのか。よしよし、おらこと案内してくんな!」 ヒラリ・・・と云いたいところですが、ヨイショヨイショと馬の背へよじ登り、ようよう跨った栗萬法師、たづなをしっかり握ったのを見て、伽弟楽は南に向かって駆け出しました。 その頃・・・。だっちゃんは岩場の真ん中で、虎料理の真っ最中です。 何処かで借りてきたらしい中華鍋を、薪で起こした火にかけて、ぐつぐつお湯を沸かしています。 平らな岩をまな板に見立て、中華包丁で肉と野菜をタンタン刻みます。 味付けなんて、面倒ミソ醤油はいりません。 これがだっちゃん流、虎のサバイバルぐつぐつ煮料理です。 「あーぶくたった、煮えたった」 機嫌よく唄を口ずさみながら、具材をボトボト鍋へぶちこみました。 「煮えたかどうだか食べてみよう」 おたまでぐるぐるかき回します。 「ムシャムシャムシャ、まだ煮えない」 ちょっことつまみ食いをしますと、アッツ、まだまだ半生です。 「あーぶくたった、煮えたった、 煮えたかどうだか食べてみよう、ムシャムシャムシャ・・・」 さあ、今度はどうでしょう? 「モウー、煮えた!」 鍋の中から、何とも言えない香ばしい香りが、湯気とともに立ち上ります。 だっちゃん、もうおヨダが華厳の滝。 サア食べるゾ、箸を構えた時でした。 「待てー、肉は食っちゃナンネエ。カイカイ起こんぞー」 パッカラパッカラ栗萬法師、伽弟楽に乗って走ってきます。 「しつこいなー!これはだっちゃんの肉なんだ。絶対、食べてやるー!」 「肉よりいいもんあるゾ、ソラソラ」 栗萬法師は、菩薩から授かった、謎の栗まんじゅうを差し出しました。 「ほ、欲しい!」 だっちゃん、ヨダレをぼたぼた垂らしながら、栗まんじゅうを奪い取ると、あっという間にゴクンと飲み込んでしまいました。 すかさず、栗萬法師は、れいの呪文を唱えます。 すると・・・・・・。 「ギャー!」 だっちゃんが悲鳴を上げて転がりはじめました。 「くすぐったいよー!苦しいよー!やめてよー!だっちゃん、おりこうにするからー!」 何と、この呪文はくすぐりの魔法であったのです。 「おらの言うことさ、聞くか。西方まで、お供するだか?」 「するよー、するってばー!早くやめてよー!」 ヒンヒン鼻を鳴らすのをみて、ようやく呪文を唱えるのを止めました。 「さあ、その鍋の中身は捨てろ。言う事さ聞かねえと、ひどいぞ」 「分ってるって。犬に二言はないよ」 しぶしぶ捨てる虎のぐつぐつ煮。鍋をひっくり返せば、お汁は大地が飲み込んでしまいました。 もはや、こぼれた虎汁、鍋に返らず。 |
第二十三話 甘党妖怪の事 |
第二十四話 火の用心の事 「大王、お望みの栗まんじゅうを攫って参りました」 あんこ老子・・・、本当の名はあんこ妖君という妖怪が言いました。 「そうか、そうか、どれどれ、どんな栗まんじゅうだ」 大王が覗き込むと、栗萬法師はしびれ薬の為に、失神しています。 「しびれ薬の毒がきれるまで、少々お待ちください」 「うむ、待ち遠しいな。ところで駄天大聖はどうした?」 「ハア、あの犬なかなか手ごわいのです。料理があやしいと分ったのか、箸をつけようとしませんでした」 あんこ妖君が先ほどの出来事を話すと、大王は難しい顔をして唸りました。 「あの犬を野放しにしておいてはいかん。きっと栗まんじゅうを取り返しに来るぞ」 「ナーニ、恐れることはありません。我々一党は百騎の軍勢、対する駄天大聖は、たった一匹ではありませんか」 「お前はそう簡単に言うがな、天界の軍勢を総動員しても、あの犬には敵わなかったのだ」 良い策はないかと、大王が考え込んでいますと、 「大王、大変でございます。だっちゃんと名乗る犬が現れて、門を蹴破ろうとしています」 部下の妖怪たちが、大慌てで駆け込んで来ました。 「やあ、ウワサをすれば・・・だ」 大甘大王は真っ青になりました。 「大王、ここは私めにお任せを」 あんこ妖君は武器を手にして表へ飛び出しました。 「こらー、栗まん返せー。おとなしく返さないと、容赦しないよー」 だっちゃんは駄んべる棒をぐるぐると振り回し、大甘大王の屋敷をぶち壊しています。家臣の小妖怪どもは、あまりの恐ろしさに手も出せぬ有様。 そこへ、武具を着たあんこ妖君がやって来ました。 「無礼者の秋駄犬めッ、我が君の城になにをするのだ!」 「あんたはさっきの詐欺師だね。よくも騙してくれたね。だっちゃんお礼参りに来たよ!おとなしく栗まんじゅう返しな。さもないとあんまんの具にして食べてやるから!」 「何を生意気な。おれを食えば、お前がカイカイを起こすだけさ。それにしても、よくここが分ったな!」 「犬の鼻を舐めるなー!あやしいニオイがプンプンするよ」 互いに罵倒しあいながら、激しく打ち合いましたが、あんこ妖君もなかなかの腕前です。だっちゃん、赤毛を益々真っ赤に染めて、力いっぱい駄んべる棒を振り回します。本気になっただっちゃんに、あんこ妖君が勝てるわけもありません。 あんこ妖君はくるりと背を向けて逃げ出しました。 「待て、あんこ!」 後を追っかけるだっちゃん。あんこ妖君は腰に下げていた徳利を、急いで口に含みます。 「犬め、これでもくらえ」 あんこ妖君はくるりと振り返ると、だっちゃんに向かって、プウーっと何かを吐きかけました。避ける間も無く、だっちゃんはべたべたした液体で、びしょ濡れになってしまいました。 「何これー?べたべたして気持ち悪いよー!」 「はっはっは。あんこ妖君特製、椿油じゃ。毛並みがよくなるゾ」 「椿油?」 「そうだ、火をつければ、よく燃えるわい」 そう言いながら、あんこ妖君が火玉を投げつけてきたのでたまりません。 「あっ!」 と、だっちゃん悲鳴をあげました。油に引火して、火達磨になってしまったのです。 「ははは、口ほどにも無い犬じゃ。上等の犬の天麩羅が出来るわい」 あんこ妖君、だっちゃんが炎に包まれたのを見届けて、大甘大王の下へ帰って行きました。 |
第二十五話 椿乙女の事 さあ大変です。栗萬法師は捕らえられて、毒が抜け次第料理される運命。その上、だっちゃんが火に包まれてしまっては、もう栗萬西遊記一巻のオシマイであります。 ところが、あんこ妖君が立ち去ってしまうと、だっちゃんを包んでいた炎が、うそのように消えてしまいました。 だっちゃんは、素早く防火の術を使っていたのです。 「ああ、あぶなかったよ。もう少し術を使うのが遅れたら、だっちゃん天麩羅になっちゃうところだったよ!」 気がつくと、しっぽの先から微かにこげ臭いニオイがします。 「大変だ!だっちゃんのしっぽが焦げちゃった!」 まさに危機一髪でありました。 かつて、天界を荒らしまわっただっちゃんですが、世の中には手ごわい奴がいるものです。 素手の戦いならば、あんこ妖君などわけもないのですが、あの椿油の術は危険です。 防火の術を使いはしたものの、炎の熱さはじりじりと体に伝わって来ました。 油の術を封じないと、とてもまともに戦ったのでは、勝てそうにありません。 「どうしよう?」 だっちゃんが考えこんでおりますと、何処からともなく、女のすすり泣きが聞こえてきました。 「ん?なんだ?」 だっちゃんは声のほうへ歩いて行きました。 声をたよりに、茂みを抜けると、洞穴の前へ出ました。 洞穴には、鉄格子が入っていて、牢屋になっているのです。 すすり泣きは、そこから聞こえます。 だっちゃんが中を覗いてみると、椿の花かんざしをさした、麗しい乙女が監禁されているではありませんか。 乙女は、頬をぐっしょり涙で濡らし、細い肩を震わせております。 「ねえねえ、どうしたの?」 だっちゃんが声をかけると、乙女は吃驚して顔をあげました。 「あなたは何者です?」 「わたしはだっちゃん。旅の秋駄犬だよ」 乙女は、だっちゃんの名を聞くと、顔色が変わりました。 「だっちゃん?もしかして、五百年前に天界を荒らした、伝説の駄天大聖ではございませぬか?」 「だっちゃんを知っているの!」 「ああ、あなたの名を知らない者がありましょうか?かの駄い真君もあなたには苦戦したとか。しかし、八公如来によって、いがいが山に封じられたと聞きましたが・・・」 八公如来の名前が出ると、だっちゃん渋い顔をせずにはいられません。 五百年前にしてやられたことが、まざまざとよみがえります。 「だっちゃんは栗萬大菩薩の温情で、山から出して貰ったんだ。今は西へ向かう坊さんのお供をしているんだよ。ところが、この山までやって来たら、栗まんじゅう・・・じゃなくて、お師匠の栗萬法師が、へんてこな妖怪に攫われちゃったんだ!」 「マア!」 乙女は低い叫びをもらしました。 「その妖怪は、大甘大王に違いありませぬ」 「ううん、あんこ妖君っていうんだよ」 あんこの三文字に、乙女の顔は真っ青になりました。 「おお、そのあんこ妖君は大甘大王の腹心の部下でございます」 「大甘大王って、なんなの?」 「大甘大王は、天下無類の甘党で、甘いお菓子には目がありません。 不思議な術を覚えて、この山の所領に伸し上がったのでございます。 何を隠しましょう、わたくしは椿乙女と申しまして、この甘辛峠を守る巫女でございます。 ところが三年前、大甘大王と名乗る妖怪が現れて、わたくしを術にはめ、この洞穴に閉じ込めてしまいました。 あんこ妖君というのも、もとはわたくしに仕える家臣でございました。 大甘大王は、人を惑わす甘言の術をかけて、彼からすっかり塩気を抜いてしまい、己の部下としたのです」 乙女の話に、だっちゃんは驚きを隠しきれません。 「あのあんこは、あなたの部下だったの。じゃあ、あの椿油の術は・・・」 「おお、あの椿油はわたくしの聖なる油。邪心の宿ったあんこに、奪い取られてしまったのでございます」 またもや、さめざめと泣き出す乙女です。 |
第二十六話 火消し合戦の事 「泣いていたって、はじまらないよ!」 だっちゃんは、泣いてばかりいる椿乙女に、やきもきして叫びました。 「悪いやつは、やっつければいいんだ!だっちゃんが、その大甘大王ってのを、退治てやるんだ!その為にも、あの油をなんとかする方法を考えなくちゃ」 だっちゃんに渇を入れられて、椿乙女も元気を取り戻しました。 「では、これをお持ちください」 と、狭い鉄格子の間から、痩せた腕を伸ばして、だっちゃんに化粧箱を差し出しました。 「化粧箱でどうするのさ?」 怪訝な顔をするだっちゃんに、乙女は微笑んで、 「この中には、わたくしの白粉が入っております。この白粉が、きっとあの火を消し止めてくれるでしょう」 「白粉が?」 「油火災を止めるには、水は使えませんよ。もし、あなたが油の術に対して、水を使っていた日には、きっと恐ろしいことになっていたでしょう。 あんこ妖君が油火災の術を使ったら、間髪入れずに、この白粉で消し止めるのです」 「椿乙女さん、ありがとう!お礼にここから出してあげるね」 ところが、椿乙女は悲しそうに首を振り、 「残念ながら、この牢屋には呪文がかけられていて、大甘大王が死なない限り、封印が解かれぬようになっているのでございます」 「そんならだっちゃんが、大甘大王をやっつけてくるね!」 白粉を貰っただっちゃん、栗きんと雲に乗ると、大甘大王の城を目指して飛び出しました。 大甘大王のお城では、栗萬法師を料理する準備が、ちゃくちゃくと進んでいました。 しびれ薬がきれて、ようやく正気に戻った栗萬法師は、縄でぐるぐる巻きにされている自分に気がつきました。 「あれ、おらはなんでこんな所へいるんだ?」 「ふふふ、栗まんじゅうめ、気がついたか」 目の前に、あんこ妖君が立っております。 「あれ、おめえさんは赤穂浪士・・・でなくって、なんだっけな・・・、そうか、あんこ老子か。あんこ老子仙人でねえか。 ここは何処だい?おらはなんでこんな所にいるんだべ」 「へっ、寝ぼけ栗まんめ!貴様は我らが罠にかかったのを知らねえか。 ここは甘辛峠の支配者、大甘大王さまのお屋敷だ。貴様は今日にも料理されてしまうんだぞ!」 「へっ・・・!」 あまりの恐ろしい言葉に、栗萬法師は凍りついてしまいました。 そこへ、部下の小妖怪が駆け込んで来ました。 「大変でございます!またもやあのだっちゃんという犬が攻めてきました」 小妖怪の知らせに、あんこ妖君は吃驚仰天。 「おかしいな。確かに天麩羅にしてやった筈なのに・・・」 ぶつぶつと呟きながら、表へ駆け出して行きました。 栗萬法師は、だっちゃんが助けに来てくれたのだと、ほっとひと安心です。 「天麩羅のなり損ないは何処だ?」 あんこ妖君が雲に乗って空中へあがると、駄んべる棒を勇ましく構えただっちゃんが、仁王様のように立ちはだかっていました。 「塩抜きあんこ、覚悟しな。だっちゃんを天麩羅にしようなんて、百万年早いよ!」 「ムム・・・、小癪な・・・。もう一度火達磨になりたいと見える」 あんこ妖君は呪文をかけて、火玉を投げます。 あんこ妖君の火玉には、すでに油が含まれている上に、だっちゃんには、さっきかぶった椿油が染み込んでいるので、すぐに火が点く筈でした。 「火の用心!」 間髪要れず、だっちゃんは飛んで来る火玉に向かって、椿乙女の白粉をぶっかけました。 火はジュウと音をたてて消えてしまいました。 「やあ、何処でそんな術を覚えた」 慌てたのはあんこ妖君です。油火災の術を封じられては、だっちゃんに敵いません。サッと背を向けると、一目散に城の中へ逃げてしまいました。 「待ちな!」 だっちゃんは後を追いますが、一足遅く、門ががっしゃりと閉まってしまいました。 「えーい、こんな門壊しちゃえ!」 壊し屋だっちゃん、駄んべる棒を滅多やたらに打ちつけます。 城の中は、まるで雷様が落っこちたような大騒ぎです。 「大変だ、なんとしょう」 大甘大王は、人を騙す甘言術は得意ですが、腕力の勝負は苦手です。 頼みのあんこ妖君も敵わないとなると、もう立ち向かう気力もありません。 「大王、こうなってはいたし方ありませぬ。あの犬に降伏しましょう」 「馬鹿者、そんなことが出来るかっ。天下の珍味栗まんじゅうを、返さねばならなくなるじゃないか」 ええい、こうなったら、泣きの一手だ。 大甘大王は部下に命じて、白旗を掲げさせました。 |
第二十七話 情けは犬の為ならぬ事 だっちゃんは、門を壊すのがすっかり面白くなってしまい、調子にのって駄んべる棒を振り回していましたが、白旗の揚がったのを見て、おやっと手を休めました。 「お許しください、駄天大聖さま。我々が悪るうございました。どうか、その物騒な武器をおおさめくださいまし」 小妖怪たちが、ズラリと地べたに額ずいております。 「許して欲しかったら、栗まん返してよ!」 「ハイ、必ずお返しいたします。まずは、我々の大王にお会いなされてください」 ははーん。さては降伏したと見せかけて、だっちゃんを騙す気なんだ。 その手には乗らないよ。でも、いいや。騙されたふりをして、様子を見てみよう・・・。 だっちゃんは小妖怪に案内させて、城の中へ入りました。 「大甘大王ってのは、どいつ?」 だっちゃんが大声を出すと、 「おお、我が君!」 だっちゃんの足元へ跪いた者があります。大甘大王でした。 「どうか、この愚か者をお許しください!私は、甘いものには目がなくて、ついお宅のおいしそうな栗まんじゅうを盗んでしまいました。 ほんの、出来心でございます! どうか、どうか大海のようなお心をもって、拙者の罪をお許しください!」 大甘大王は、ぼろぼろと涙を流して謝りました。ところが、だっちゃんは、 「泣いて済まそうったって、そうはいかないよ。だっちゃんを油断させて、やっつける気なんだね!お見通しだよ!」 「な、な、何を・・・。さようさよう、さようの事は、無き・・・」 どもる大甘大王を、だっちゃんはきっと睨みつけて、 「哀れみを誘おうって手は通用しないよ!だっちゃんは心が無いから中犬なんだ!」 いきなり駄んべる棒を振り下ろしたので、大甘大王は慌てて避けると、 「こなくそ、これでも食らえ」 だっちゃん目掛けてザラメをぶん投げました。 「あっ」と、だっちゃん、ザラメが目に入ってしまいました。 「痛いよー!」 両目を覆いながら、空へ向かって退却です。 |
第二十八話 清め塩の事 ザラメが目に入ってしまっただっちゃん、表へ飛び出すと、栗きんと雲で百里ほど先へ逃げました。 きれいな泉を見つけて、そこの泉水で目を洗うと、ようやく痛みが消えました。 「ああ、危なかった」 だっちゃんがため息をつくと・・・、 「おやおや・・・、旅のお方、どうなさいました?」 人の良さそうな樵が、声をかけてきました。 「だっちゃん、困っちゃったよ。甘辛峠で、大甘大王ってやつに、お師匠が攫われちゃったんだ」 「あれあれ、それは大変だ。それなら、私が良いもの差し上げましょう」 と樵は言って、塩の入った袋をくれました。 「昔から、物の怪を払い清めるものは、塩と決まっております。きっとこの塩が、大甘大王と部下たちを、やっつけてくれることでしょう」 「こんなお塩で?」 だっちゃんが変な顔をすると、樵はにやりと笑って、 「この世は甘いものばかりではまかり通りませんよ。塩っ気があって、はじめて本当においしいものが出来るのです。甘いも辛いも塩の味・・・ですよ」 樵はそう言ったかと思うと、一瞬の内に姿が掻き消えてしまいました。 「あっ、今のは、栗萬大菩薩だったんだ!」 そうと分ると、だっちゃん勇気百倍。清め塩が入った袋をしっかり握って、大甘大王の住処へ舞い戻りました。 「大甘大王、今度こそ決着をつけるよ!」 だっちゃんが門前で声を張り上げると、 「あれっ、また戻ってきやがった」 と、大甘大王と部下たちは、もう生きた心地がしません。 「もう、破れかぶれだ!」 あんこ妖君が刀を手にして、向かってきました。 すかさずだっちゃん、塩をにぎり拳いっぱいにばら撒きました。 「エイっ!甘いも辛いも塩の味ー!」 「あっ!」 塩を全身に被ったあんこ妖君、塩っ気を得て、たちまち善心にたちかえり、きょとんと辺りを見回しています。 「覚悟だ、大甘大王!」 逃げ腰の大甘大王にも、だっちゃんはうんと塩をかけてやりました。 「そらっ、甘いも辛いも塩の味ー!」 「ぎゃー!」 すると、どうでしょう。大甘大王の体が溶け出してしまったのです。 煙がもうもうと立ち上り、見れば、一匹の巨大なナメクジがのたうちまわっております。 「甘いも辛いも、塩の味ー!」 巨大ナメクジに、これでもか、これでもかとお塩をぶっかけると、とうとう消えてなくなってしまいました。 大甘大王の正体は、甘辛峠の洞窟に住み着いていた、大ナメクジであったのです。 このナメクジは、年を経る内に妖術を覚えて、いつしか妖怪変化の類に仲間入りをしたのでした。 さて、だっちゃんは、生き残った部下たちの命を助けてやるかわりに、栗萬法師を連れてくるよう命令しました。 「ああ、おら、命拾いしただ」 縄を解かれた栗萬法師が、よたよたと駆けてきます。 「もう、世話焼かせないでよね!」 だっちゃんが叱ると、耳をぺったり下げて、首をすくめる栗萬法師です。 「駄天大聖、ありがとうございました」 声がするので振り返ると、椿乙女と、善心に返ったあんこ童子が跪いておりました。 「あっ、椿乙女さん、牢から出られたの」 「ハイ。呪いが解けて、洞の鉄格子が消えたものですから、もしやと思い、こうして馳せ参じたのでございます。 我が家臣のあんこも元に戻してくださり、もうなんとお礼を申し上げたらよいでしょう」 「駄天大聖、悪に心を操られていたとはいえ、数々のご無礼、お許しください」 あんこ童子はしおらしく、だっちゃんに謝ります。 だっちゃんは、ふたりに頭を上げさせました。 激戦の後の空には、一夜明けて、朝日が輝いておりました。 こうして、甘辛峠に平和は戻り、だっちゃんと栗萬法師は、歓呼の声に送られて、西へ一路の旅烏。 |
第二十九話 月を見て泣く若様の事 栗萬法師とだっちゃんの一行は、山を降って野中を歩く内に、いつしか地方の町へやって来ました。 そこは、田舎町にしては立派な建物が、あちこちに並んでいるのです。 山ばかりを見飽きていたふたりは、久しぶりに嗅ぐ文化的なニオイに喜びました。 「この町で一泊しようよ」 と、だっちゃん。 「宿屋は何処だんべえ」 と、栗萬法師。だっちゃんは笑って、「バカだね、宿屋なんか探したって駄目だよ。路銀なんか、いくらもありゃしない。それよか何処かのお屋敷に頼んで泊めて貰おうよ。西方へ向かうありがたい托鉢僧だと思って、きっと歓迎してくれるよ」 イヤハヤ、何事もウワテのだっちゃんであります。 では、どのお家へ押し入ってやりましょうか・・・? ふたりが手ごろの家を探しておりますと、 「オヤオヤ、向こうから台風が来るよ」 栗萬法師が指差します。だっちゃんは額に前足をかざし、 「あれは台風じゃないよ。砂煙だよ。誰かが韋駄天走りでこっちへ来るよ」 「すると堀部安兵衛カナ。高田の馬場の仇討ちでもあるんカナ」 「講談じゃ、ないんだから・・・」 二匹が暢気に言い合っておりますと、その砂煙の正体が近づいて来ました。 見れば、旅姿の若者であります。だっちゃん、面白くなって、若者の前へ立ちはだかりました。 「ワッ、オットット・・・、危ないナー!急に前へ出ないでオクレッ」 若者、頭から湯気を出して怒ります。 「まあ、そうプリプリしないでよ。聞きたいことがあるんだけど、ここは何という街なの?」 「そんなの、他所で聞いておくれよ、急いでいるんだ」 「アンタ、そんなに急いで何処へ行くの?」 「何処だって、いいじゃあナイカ」 「いいじゃないの、教えてよー!」 若者、だっちゃんの強引さに根負けし、ポツリポツリと語り始めます。 「ここは、千葉っ葉(ちーぱっぱ)村と申します。」 若者は、名主さまの下男です。 名主さまへ命じられて、これからお医者か陰陽師を探しに行く所だと申します。 医者か陰陽師ということは、さては難病のお方がいるのでしょう。 ご明察。名主さまのご子息が、とても不思議な病にかかってしまったのです。 「奇妙な病?」 「そうです。若サンは、昔から、たいそうな大食らいでしたが、近頃ではモウ尋常でない位ご飯を召し上がるのです。日に五升炊いても、ご飯がおっつきません」 「五升・・・!一日玄米四合ってのは聞いたことがあるけんど、五升で足りないとはネ」 栗萬法師は驚き、どんぐり眼をウロウロさせます。 「そればかりではありません。夜になると、空へ浮かんだ月を眺めて、激しくお泣きになるのです。なにか訳があるのだろうと思って、色々尋ねてみましたが、何もおっしゃらず、ただ首を横に振るばかり・・・。これは悪い病気か、或いは物の怪にとりつかれているのであろうということになりまして、あちこちへ、名医や神主を探しに行きましたが、誰も治せる者はありません」 「では、アナタはその医者か陰陽師を探しに行くところなのですね」 さっきから黙り込んで話を聞いていただっちゃん、ふいにニヤリと笑ったかと思うと、 「拾う神ありとはこのコトだね。だっちゃん達を名主の所へ案内してよ。きっとソノ若サンってのの病気治してあげるから」 だっちゃんの野次馬がはじまった。おら、知んねえから。 栗萬法師は呆れて何も言いませんが、だっちゃんは渋る若者に頼み込み、名主さまのお屋敷へ案内して貰うことになりました。 「おがあぢゃん、おかわりはまだでふかー?おかわりでふよー」 名主さまのお屋敷では、ウワサの若様が、お食事の最中でした。 「ぶーちゃん、いくらなんでも食べ過ぎよ?お腹壊したらどうするの」 心配そうに声をかけるお母さんに、ぶーちゃん若様は、 「でも、足りないでふ。お腹がぐうぐう言ってるでふよ」 「腹八分目というじゃない?」 「ぐふふ、僕のお腹は八分じゃきかないでふ。・・・それに、備えあれば憂い無しでふよ」 「それ、どういう意味?」 「・・・なんでもないでふ」 そこへ、若者に案内されて、栗萬法師とだっちゃんがやって来ました。 「奥さま、旅のお方をお連れしました。なんでも西方浄土へ向かわれる、ありがたいお坊様で、うちの若様の病気も治してくださるそうです」 ぶーちゃん若様は、栗萬法師のまんまるい顔を見た時から、サッと顔色が変わったのですが、「西方浄土」の言葉が耳に入ると、もういてもたってもいられません。 「とうとう来たでふよー!」 悲鳴をあげて、奥の寝室へひっこんでしまいました。 「ぶーちゃん、どうしたの!」 驚いたお母さんが後を追うと、ぶーちゃん若様はふかふかの布団の中へ潜り込み、くるりんシッポのついたお尻だけを出して、かたかた震えています。 「栗まんじゅうでふ、栗まんじゅうでふよー!」 「ぶーちゃん、栗まんじゅうがどうしたの?」 「栗まんじゅう恐いでふー!」 「とかなんとか言って、まんじゅう恐いの手口じゃないだろうね?」 「違いまふ!栗まんじゅうの坊さんは、ぼくを連れに来たでふよ」 ふたりが騒いでいる所へ、だっちゃんと栗萬法師も入ってきました。 「おらが、なんでおめえさ連れていくだよ?おらは日出る栗萬国の帝の命で、西へ金色の栗の木を取りに行く者だよ。おめえさんとは無関係でねえか」 「あわわ・・・、もう観念しまふ」 ぶーちゃん若様は、布団から顔を出すと、お母さんのほうへ向き直りました。 「おがあぢゃん、何もかも、本当のこと話まふ。ぼくは・・・、ぼくは・・・、 実は天子の生まれ変わりなんでふ」 「ぶーちゃん、何言ってるの?」 「ぼくは、何を隠そう、天の川の海軍提督だったんでふ。ネルソン、ネクスト・トーゴーさながらの、立派な海軍提督でありまひた」 「・・・・・・」 「ところが、ある時、ぼくは罪を犯してしまったでふよ」 「女でも口説いたんけえ」 栗萬法師が野次を入れると、ぶーちゃんはキッと睨みつけて、 「栗まんじゅうは黙ってるでふよ!・・・・・・あれは、忘れもしない七夕の日でした。ぼくはしる寝をしていて、ウッカリ天の川の水門を閉め忘れてしまったでふ。 天の川は七月になると、織姫牽牛の涙雨で、増水するんでふ。その水量を、水門で調節するんでふ。あの日は、部下の者が忌引きでいなかったので、ぼくが水門を閉めなくちゃいけなかったのでふ・・・」 「それで、天の川はどうなったの?」 だっちゃんが先を促しました。 「うっうっ、涙なみだの物語でふよ、水門を閉め忘れた天の川は、あっという間に大洪水。忽ち水があふれ出て、天界中を水浸しにしてしまったでふ。そして、下界には九日九夜も大雨を降らせ、人々を難儀させてしまひました」 「ぶーちゃん、なんてスケールがでっかいの」 お母さんは呆れながらも、わが子のしでかした事に涙します。 「ぼくは・・・、すぐさま軍法会議にかけられまひた。悪いことに、ぼくのせいで、年に一度の逢瀬が滅茶苦茶にされた織姫と牽牛が、カンカンに怒って讒訴したので、ぼくは重罪に問われてしまいまひた。 罰として、天界を追放され、そしておがあぢゃんの子として生まれ変わったんでふ」 「ぶーちゃん・・・」 あまりの告白に、お母さんはただ驚き呆れるばかり。 「それでさ、栗まんじゅうとはどんな関わりがあるの?」 だっちゃんが問いかけますと、ぶーちゃんはさめざめ涙を流しながら、 「おがあぢゃんの子として生まれ変わり、楽しく暮らしていたぼくの前に、ある時栗萬大菩薩が現れたでふ。菩薩は、いつか西方へ向かう、栗まんじゅうソックリの坊さんがやって来るので、そいつのお供をしろと言うんでふ。そしたら、ぼくの罪が許されるって言うでふよ」 「なーんだ、じゃあアンタも栗萬菩薩の息がかかっていたんだね」 「そうでふよ。それでぼくは、いつ果てしない旅に出てもいいように、今の内にご飯をたらふく食べて備えていたんでふ」 「まるで熊の冬眠だね」 「・・・そして、月を見ては泣いていたでふ」 ぶーちゃん若様の繊細な心には、あのまんまるいお月様が、栗まんじゅうソックリに見えていたのでした。 |
第三十話 旅は道連れの事 栗萬大菩薩の導きで、新たな旅の仲間が加わりました。 千葉っ葉村の名主の若様、実は天の川海軍提督の生まれ変わりぶーすけ君です。 ぶーちゃんが栗萬法師の弟子に入門し、出発が決まると、皆別れを惜しんで、さめざめと泣きました。 ことに、お母さんは心配でなりません。 「ぶーちゃん、旅先では食べ過ぎないようにね」 「分ってまふよー」 「慣れない水飲むと下痢するからね」 「大丈夫でふってばー」 「寝るときはちゃんと腹巻をして、お腹冷やさないようにするんだよ」 あれこれ注意をしながら、ぶーちゃんの背嚢に、色々の荷物を詰めています。 「手拭い、ハブラシ、救急セット、それから・・・」 「おがあぢゃん、キャラメルにドロップも入れてくらはい。それからビスケット、カミカミガム、ジャーキも必要でふね」 「遠足じゃないでしょ、ぶーちゃん」 お母さんは、準備の調った背嚢をぶーちゃんに背負わせると、栗萬法師とだっちゃんに、くれぐれも頼むと挨拶をしました。 「西方浄土は一万八千里だよ、丸腰で行くの?」 だっちゃんが注意すると、ぶーちゃんは壁に立てかけてあった熊手を取りました。 「ぼくの武器はこれでふよ。福をかき集める、農耕のシンボル熊手でふ。実のところぼくは、箸より重たいものは持ったことがないんでふが、きっとこの熊手は役に立つでふよ」 こうして、ぶーちゃんは懐かしい我が家を後にしました。 伽弟楽に乗った栗萬法師と、だっちゃんにぶーちゃん、一行は西へ伸びる街道を、前へ前へと進んで行きます。 |
第三十一話 風の妖怪現るる事 千葉っ葉村を後にして、栗萬法師一行は、西へ向かって歩くこと十日目に、大きなお山へ差し掛かりました。 巨大な岩が、あちこちにごろごろ転がっている山です。またもや、妖怪の現れそうな山です。栗萬法師は、甘辛峠で恐い目にあったことを思い出し、気が気でありません。 風で草がそよげば、ぎょっとし、鳥が空へ羽ばたけば、ひゃっと悲鳴をあげます。あまりの小心振りに、だっちゃんもぶーちゃんも、呆れてしまいました。 「モウ、だっちゃんがついてるから、大丈夫だって!」 だっちゃんは、自慢の駄んべる棒をぐるりと振り回してみせました。 「妖怪なんて出たら、こいつをお見舞いしてやるんだ!」 「栗まんじゅう君、元気出すでふよ。ぼくもついてまふ」 ぶーちゃんも、かついでいる熊手を構えて見せます。 「栗まんじゅう君やだっちゃんに、ぼくの熊手殺法を見せてあげたいでふね」 「熊手殺法?だっちゃんの駄んべる剣法だって、負けないよ!」 だっちゃんは、エイヤっと傍らの岩を駄んべる棒でぶん殴りました。殴られた岩は、粉々に砕けてしまいます。 「どんなもんだい」 ぶーちゃんは、内心びっくりしながらも、平静を装いつつ、 「罪もない路傍の岩を殴っちゃ、かわいそうでふよ。ぼくの熊手術は、魔物が現れたら、いくらでも見せてあげまふ」 「あれっ、そんなこと言わねえでくんな、ほんとに妖怪が出たらどうするだ」 栗萬法師は、早くも馬上で震えています。 「栗まんじゅう君、安心するでふよ、こんな山なんか、どうせ妖怪も住んでないでふ」 と、ぶーすけ君はのんきに笑ってみせましたが、どうしてどうして、この山にも、ちゃあんと妖怪が住み着いているのですから、あなどれぬものです・・・。 「ハクション、ハクション、ハクショーンッ!」 ところは変わって、此処は暗い洞窟の中。奥から、激しいクシャミが聞こえてきます。 「オイオイ、誰かおらんかっ、薬だ水だ」 続いて聞こえる催促の声に、小妖怪たちが、薬や水をのせたお盆を手にして走ってきます。 「大魔王さま、お薬お持ちしました」 「ウーン、遅いでないか。目がまわる、目がまわる。熱がさっぱり下がらんぞ、困ったナ・・・」 洞窟の奥には、天蓋つきの寝台がありまして、そこには、真っ青な顔をした妖怪が横になっています。 この妖怪こそ、栗萬法師らが差し掛かったお山の支配者、風使いの白翔(はくしょう)大魔王です。 白翔大魔王といえば、誰もが恐れる妖怪でした。というのも、あらゆる風を自在に起こし、またその風を浴びた者は、たちまちにして、背筋ぞくぞく、くしゃみがハクションの、ひどい風邪をひいてしまうのであります。 ところが・・・、どうしたというのでしょう、当の大魔王が、ひどい風邪にやられているようです・・・。 大魔王は、寝台のなかで、がたがた震えておりますし、熱はさっきから四十度を下がりません。頭はがんがん痛み、喉はがらがら、鼻水じゅるじゅる、咳ごほんごほん・・・、イヤハヤ、ひどい有様です。 これには訳がありました。 白翔大魔王の支配する、岩岩(がんがん)山のお隣に、粟粟(ぞくぞく)峠があります。この峠は、天にまで届くかと思われるような、粟ばかりとれる高い峠でありますが、ここには禿(かむろ)仙人という、仙術使いが住んでおります。 大魔王は、かねがね禿仙人の噂を耳にし、是非とも仙人から、仙術を習いたいと思いました。 風の術だけではなく、あらゆる仙術を極めれば、恐いものなしだと考えたのです。 ところが、禿仙人ときたら、丁寧に書状を寄越した大魔王に向かって、「お前なんかに教えてやんないよう」と言ったばかりか、アカンベまでしてみせました。カンカンに怒った白翔大魔王、禿仙人に戦争を挑み、粟粟峠に、得意の大風ミサイルを放ったのです。 禿仙人は、いっこう動ずる気色もなく、エイっと杖を振りますと、なんということでしょう、大風ミサイルはぐるりとユーターンをして、白翔大魔王へ逆噴射されたのです・・・。 かくなる次第にて、白翔大魔王、自らの術にはめられ、目下苦しみの最中というわけです。 「弱ったな・・・、こんなことになるとは・・・。俺の風はインフルエンザ並みだぞ。どうにも治らんぞ。このまま死ぬるかもしれん・・・」 弱々しい声で呟く大魔王に、傍らの家臣が声をかけます。 「何を気弱なことをおっしゃいます。大魔王らしくもございません」 「いやいや・・・、自分の術だもの、よく分っておるさな。俺の術にかかって、生き延びたためしはないのだ。俺の風が効かない者は、仙術を極めた者と、馬鹿だけだ・・・」 「いえいえ、大魔王、その風邪を治す手立てがあるのを、ご存知ないのでございますか?」 「ウーン、そんな方法があるものか?」 「ございますとも」 と、家臣は狡猾な目を光らせます。大魔王は信じかねる顔つきで、 「法外な治療費を請求する、無免許医を呼んでくるんじゃなかろうな?」 「イエイエ、そうではございません。大魔王は、栗萬法師の噂をご存知ありませぬか。西方浄土へ、金色の栗の木を取りに行く法師でございます。この法師、栗天狗の生まれ変わりで、その肉は、天下の珍味なのでございます。やつの栗あんこを啜った者は、不老不死なると言われております。また、いかな難病をも治す力があるのでございます」 家臣の説明を、うむうむと頷きながら聞いていた大魔王は、つかれきった顔をして、 「しかし、その栗萬法師、今何処にいると言うのだ」 「ご安心くださいませ、その法師は、今まさに、この山を越えようとしているのでございます。今朝方、斥候から入った報告でございますから、間違いございません」 「なんだ、それを早く言わんか、ぐずぐずしている間に、行っちまったらどうするんだ、早くその栗まんじゅうを持ってこい」 こんな号令が発せられたとも知らぬ、栗萬法師一行です。どうも栗萬法師は、食べられそうになることに、つくづく縁があるようです。 |
第三十二話 暗い穴ぐらマッサカサマの事 「お腹空いたでふ」 ぶーちゃんがこんなことを言うと、他のみんなも、思い出したように、お腹がぐうぐう言い出しました。 「べんとにすんべえ」 栗萬法師が馬から降りると、だっちゃんは腰掛けるのに丁度よい岩を見つけ出し、ぶーちゃんは荷物のなかからお弁当を出しました。 山へ登る前に、ぶーちゃんが近所の家から、托鉢で手に入れたにぎりめしです。 竹の皮の包みは、ちゃんと三人分あります。 「こりゃあ、うまそうなにぎりめしだ」 栗萬法師は、はやくもヨダレがダラダラです。 「栗まんじゅう君はお行儀悪いでふねー。ちゃんとおてふき使ってから食べるでふよ」 ぶーちゃんは、背嚢からウエットティッシュを出して、きちんと前足を拭いています。 「いただきまーす」 三匹仲良くおにぎりを手にとりましたが、どうしたのでしょう、栗萬法師のおにぎりだけが、ころころと下へ転がってしまいました。 「あっ、おらのにぎりめし!」 慌てて栗萬法師は、転がっていくおにぎりを追いかけます。 おにぎりは、エンジンがかかったように、スピードをあげて山道を転がり、なかなか捕まりません。 「栗まんじゅう君、なにやってるでふかー?」 「いいじゃない、そんなおにぎり一個くらい」 ぶーちゃんもだっちゃんも、呆れてその様子を見ています。 「おらの、おらのにぎりめし、待てー!」 栗萬法師は、にぎりめしを追いかけるのに夢中です。 さあ、このおにぎり、何処まで逃げる気なんでしょう? おむすびころりん すってんてん 「待て、待て、おらのにぎりめし!」 おにぎりばかりに視線をとられていた栗萬法師は、すぐ目の前に、深い穴の開いていることに、少しも気がつきませんでした。 あっと、悲鳴をあげた時には、もう足をくっつける地面は無くなっていたのです。 「あひゃあっ!」 おかしな叫び声と共に、彼の体は、深い深い奈落の底へと飲み込まれて行きました。 栗萬法師の、間の抜けた悲鳴は、もちろんだっちゃんとぶーちゃんの耳にも届きました。 二匹が声のほうへ駆けつけると、そこには、ぽっかり穴が口を開けていました。 「この穴に落ちたんだ」 だっちゃんが中を覗き込みます。 「ウサギじゃなくて、おにぎり追いかけて穴にはまるところが、栗まんじゅう君らしいでふね」 ぶーちゃんは横から茶々をいれます。 「おーい、栗まんじゅう!」 だっちゃんの呼ぶ声は、空しく反響するばかり。 さあ、困ったことになりました。 この穴、余程深いと見えます。落っこちた栗萬法師、果たして無事でしょうか?また、どうやって救い出したものでしょう? 二匹が穴の前で途方に暮れておりますと、むこうから、ぴょんぴょん跳ねてくるものがあります。 「もしもし、あなたがたは、そんなところで何をしているのですか?」 そう声をかけたのは、長い両耳をぴんと立てた、かわいい野ウサギであります。 「ウサギさん、困っちゃったよ。栗まんじゅう・・・じゃなくて栗萬法師が、この穴に落ちちゃったの」 「それは、お困りですねえ」 ウサギは耳をぴくぴくさせながら、 「この穴は、妖怪の住処に続いているんですよ」 「エッ?」 だっちゃんとぶーちゃんは、ウサギの言葉に顔色を変えました。 「妖怪の住処?」 「そうですよ。この山を支配する、風使いの妖怪が、その穴の奥の、洞窟に暮らしているんです。 その名も白翔大魔王といって、それは恐ろしい妖怪なんです」 「ハクション大魔王?」 だっちゃんは、思わず聞き返しました。 「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン?」 続いてぶーちゃんが尋ねました。 「おっと、言葉に気をつけてくださいよ。近頃は著作権のうるさいご時勢ですから。白翔大魔王ってんです。ハクショウですよ。白いに飛翔のショウと書きます」 「へえ」 二匹は呆れて言葉も見つかりません。 「この大魔王は、あらゆる風を起こす術を心得ているのです。竜巻、台風、からっ風、なんでもござれです。恐ろしいのは、この風に当たった者は、たちまち背筋がぞくぞくしだして、四十度くらいの熱が出ます。こうなると、もう助かりません」 「薬飲んでも駄目でふか?」 「駄目ですよ。威力はインフルエンザみたいなもんですが、注射も抗生物質も効きません」 「漢方薬も?」 「仙人の薬なら効くかもしれませんが、その薬を手に入れる前には、死んでしまいます」 「うーむ」 ウサギの話を聞いていると、白翔大魔王って、まるで手が出せぬ手ごわい相手のようです。ところが、ウザギの話はまだ続きがありました。 「その白翔大魔王が、この二三日、ひどい風邪で寝込んでいるんです」 「エエ?」 驚くふたりに、ウサギは禿仙人との戦いのことを話して聞かせました。 「だから、きっと、大魔王は栗萬法師を食べるつもりなんです。栗萬法師は、滋養強壮、疲労回復のすばらしい効能があるんですから」 「まるで、栄養ドリンクでふ」 側で茶化すぶーすけくんですが、さてさて、これは暢気にもしていられません。 早く助け出さないと、栗萬法師が薬食いされてしまいます。 ウサギは、喋るだけ喋ってしまうと、ふたりにサヨナラして、山の向こうへぴょんぴょん姿を消しました。後に残されたふたりは、ウーンと唸ってしまいます。 「ぶーちゃん」 おもむろに、だっちゃんが真面目な声を出しました。 「なっ、なんでふか?」 その声の調子に、イヤな気配を感じながら、ぶーちゃんは返事をします。 「ぶーちゃん、さっき、熊手殺法を見せたいって言ってたね」 「え・・・?」 「ぶーちゃん、この穴もぐって、斥候してきてよ」 だっちゃんは、深い穴を指差して言います。 「まずは敵陣を偵察するのが、戦法ってもんだよ」 「ぼ、ぼくがでふか?」 「うん、行ってきて」 「ふ、フコウヘイでふっ、何でぼくなんでふか?こういうのは、コウヘイにジャンケンで決めるのが民主主義でふよ?」 「なんでだっていいよ、だっちゃんの命令なんだから」 だっちゃんは、笑っていない目で言います。見ると、駄んべる棒をぐっと握りしめているではありませんか。 「ぶーちゃん、行くの、行かないの?」 「あわわ・・・、行くでふよ、行くでふってばあー。ぼ、暴力はやめてくだはい・・・」 だっちゃんの目つきに脅されたぶーちゃんは、哀れ、妖怪の住処へ斥候に出ることになってしまいました。 エイっとぶーちゃんが仙術を使うと、その姿は富山の薬売りになりました。 かつては、天界で海軍提督を勤めたぶーちゃんですから、だっちゃんと同じように、色々な魔法が使えるのです。 「大魔王は風邪ひいてるって話でふから、薬売りに変装したでふよ。じゃ、セッコウ行ってくるでふ・・・」 水泳の飛び込みの姿勢をとったぶーちゃんは、一、二の三で、穴にもぐって行きました。 |
第三十三話 食うか食われるかの事 「しめしめ・・・、うまく栗まんじゅうがワナにかかったぞ」 穴の底の洞窟では、妖怪たちが手を叩いて喜んでおります。 栗萬法師略奪の命を受けた妖怪たちは、栗萬法師のおにぎりに呪文をかけて、穴まで誘い出したのです。 栗萬法師はわけもなく作戦にひっかかって、穴へ落っこちてくれました。 さっそく妖怪たちは、栗萬法師を縄のぐるぐる巻きにして、大魔王の御前へ突き出しました。 「殿ッ・・・あいや、大魔王さま!栗まんじゅうが無事手に入りましてござりまする」 家臣の知らせに、思わずがばっと跳ね起きる大魔王です。 「おお、おお、栗まんじゅうが手に入ったか・・・。これで俺の命も安泰だわい。ああ、うまそうな丸い顔だ、食欲をそそる栗色だ。ごくり」 真っ青な顔をした大魔王が、不気味な声で言った言葉に、モウ栗萬法師は生きた心地もありません。耳の先から、しっぽの先まで、がたがた震えが止まりません。 「さあ、どうして食うてやろうか?生のままガブリはどうだ」 「あれっ、大魔王さま、弱ったお体に生はよろしくございませぬ。焼くのはいかがでありましょう?」 「イエ、揚げるのもようございますぞ。味が香ばしくなりまする」 「イヤイヤ、揚げたものは胃に悪い。蒸したらいかがでありましょう」 大魔王と妖怪たちめ、てんでに勝手なことを言い合っております。 料理するほうは良いが、蒸したり焼いたりされるほうには、たったひとつの命なのだから、たまったものじゃありません。 「あわわ、あわわ、どうかご勘弁くだされーッ」 栗萬法師は、泣いて命乞いをはじめました。 「おらは・・・モトイ拙僧は、東の大国栗萬国の帝の命ニテ、西方浄土へ金色の栗の木を探しに行く身なのでゴザリマス。ドウカドウカ、食うなんてそんな、その儀ばかりはご勘弁願い奉るーッ」 栗萬法師のどんぐり眼からは、ほとほとと、黄なる涙が迸ります。 「フン、西方探検へ繰り出すからには、いかな法師か、サテハ弘法大師が如き名僧か、あるいは叡山の荒法師かと、想像をたくましゅうしてオッタが、なんぞ泣きべその栗まんじゅうトハ。よいか貴様、この世は弱肉強食じゃ、食うか食われるかの世の中じゃ、今ここで俺に食われるのも、前世からの因果と思うて、法師らしく往生せよ」 冷酷な大魔王の言葉であります。ああ、栗まんじゅう・・・栗萬法師の命、いまや風前のともし火。だっちゃんとぶーちゃんの救助はまだか・・・。 |
第三十四話 薬売る斥候の事 栗萬法師をどう料理するかは、さんざん議論を繰り返した結果、病気の大魔王が食べ易いように、蒸してソースをかけることに決まりました。 栗萬法師は、衣服を剥がれて調理場へ連れて行かれてしまいました。 「おら、死にたくねえよう、おっかあー、助けてくんろッ」 悲痛の叫びが、調理場から漏れ聞こえます。 しかし、栗萬法師は悪運が強いものとみえます。と言うのも、もし調理法が、焼いたり、油で揚げたりするのであったら、彼の命はたちどころにこの世とおさらばになってしまいますが、生きたまま蒸されるのなら、ソウ簡単には死なないからです。その間に、だっちゃんたちが、助けに来てくれるのを祈りましょう。 さて、富山の薬売りに変装したぶーちゃんはどうしたでしょう? 「とやまの薬でふよー、よく効くでふよー」 唄うように口ずさみながら、ぶーちゃんは門の前に立ちました。妖怪たちは、薬と聞いて、すぐにぶーちゃんを中へ入れました。 「大魔王さま、表に富山の薬売りが来ております」 「なんだ、富山の薬売り?うちの置き薬はフジ薬品だぞ」 「しかし、話を聞けば、素晴らしい秘薬を持ってきているようであります」 「ふーん、どうせロクデモナイ秘薬だろう?」 「まあ、そうおっしゃらずに、せっかくでございますから、呼んで参りましょう」 奥で、大魔王と腹心の妖怪が、こんなやりとりをしておりますと、もう呼ばれる前から、ぶーちゃん薬売りがやって来ました。 「ぼくの薬はよく効くでふよー。どんな難病もたちどころにコロリ・・・じゃなくてケロリでふ、ぐふふ」 「やあ、貴様、誰に断って入って来た」 驚く大魔王に、ぶーちゃんはニッコリ微笑みかけて、 「ぼくは病人のいる所なら、何処へだって現れまふよ。さあ、薬はいらんかねでふよ」 「ふん、貴様の薬なんぞ役に立つものか」 「ぼくの薬をなめちゃいけないでふよ。人魚の燻製に、ウニコールの角に、玉帝の爪の垢に、ペンペン草の粉末、小野小町の白髪、ツタンカーメンの鼻毛、アレクサンドロスの金歯、弘法大師のちびた筆・・・」 「おいおい、貴様が売るのは薬かい、エセ骨董かい」 「エセ骨董とはシッケイでふね。今言ったのは、みーんな世界の珍薬なんでふよ」 「いらんいらん」 大魔王は手を振りました。 「世界の珍薬だかなんだか知らんが、そんな得たいの知れないものは、いらん。俺には不老不死の栗まんじゅうがあるんだからな」 その言葉に、ぶーちゃんのお耳がぴくぴく反応しました。 「栗まんじゅうでふか。栗まんじゅうおいしいでふね。その栗まんじゅうを、もっとおいしくする方法知ってまふか?栗まんじゅうの効能を、もっともおっと高める方法でふよ」 「なんだと?そんな方法があるものか?」 思わず聞き返す大魔王です。 「あーるんでふよ、これが。知りたいでふか?ぐふふ、それならぼくを、今すぐ栗まんじゅうの所へ案内(あない)するでふよ」 さあ、斥候ぶーちゃん、うまいきっかけをつかみました。この勢いに乗じて、栗萬法師を無事救出できるでしょうか? |
第三十五話 小姓は殿様のお供、胡椒は食卓のお供の事 「ぼくはこう見えて、チョーリシメンキョを持ってるんでふよ。その昔、焼き鳥銀ちゃん・・・もとい、テーコクホテルで厨房を預かってたんでふ」 ぶーちゃんは、妖怪に調理場へ案内させながら語ります。 「料理のイロハは玉子でふよ。まずは立派な玉子焼きが作れなきゃ、ほんとの料理人にはなれないんでふ。それから、サシスセソも肝心でふ。知ってまふか?料理のサシスセソを?」 問われた妖怪は、エートとどもりながら、 「サは、砂糖。シは、塩。スはお酢。セ・・・は」 「セはなんでふか?」 「セ・・・は・・・、セ・・・は・・・、洗剤?」 「ぶふふっ!」 思わずふきだすぶーちゃんです。皆さんは、正解をご存知ですね?そう、お醤油(セウユ)です。 ※作者曰く・・・この洗剤の話は、以前新聞のコラムに紹介されていた川柳にヒントを得た。 「じゃ、ソはなんでふか?」 「ソは、ソースです」 今度は自信満々に答える妖怪です。ぶーちゃんはおかしくって、お腹の皮がよじれてしまいそうです。目に涙さえ浮かべながら、くっくっと笑いをかみ殺しています。 「あれっ、ソースでない?ああ、分った、分りましたぞ、ソーは青い空あッ」 「シーは幸せよー」 つられて歌うぶーすけくん。こんな長閑な会話の内に、調理場へ到着しました。 「さあ、調理場はこちらです。どうか、栗まんじゅうをもっとおいしくする方法を教えてください」 「焦らなくても、ちゃんと教えてあげまふよ。ところで、栗まんじゅうはどうなってまふか?もうしめちゃった?」 「いえ、生きたまま蒸しています」 「・・・それはよかった。栗まんじゅう君、サウナなんてゼイタクでふね」 見れば、調理場の中央に、大きな蒸し器が置いてあります。そこからシュウシュウと蒸気があがり、悲鳴が聞こえてきます。 「あちいよう、おっかあー、しっぽが溶けるよう、耳が溶けるよう、あーん、あん・・・」 「ありゃりゃ。急がないと、蒸し栗まんになっちゃう」 ぶーすけくんは蒸し器に歩み寄ると、側で様子を見ている妖怪に言いました。 「さっき、料理のサシスセソの話をしまひたね。料理をおいしくするコツは、隠し味でふ。サシスセソのほかにも、大事な調味料があるの知ってまふか?」 「えっ?なんです、それは」 「分かんないでふかねー。ヒントは、お供でふよ」 「へ?」 「殿様のお供とかけまして、食卓のお供ととく・・・」 「その心は?」 「コショウでふ!」 しーんと静まり返る調理場。返事に窮する妖怪。ぶーちゃんは得意げに咳払いします。 「コショウをかけると、一段と風味が増すんでふよ」 「く・・・、栗まんじゅうに、コショウ?」 「そうでふよ。またこのかみ合わない味がいいんでふよ」 「へえー・・・」 妖怪は怪しむような目つきで、ぶーちゃんを見ています。その様子を見てとったぶーちゃんは、もぞもぞと懐を探っているかと思うと、なにやら出してみせました。 「忘れてまひた。これをあげまふ」 ぶーちゃんが手にしているのは、紙風船でした。妖怪は喜んで受け取ると、空気を入れて遊び始めました。そのスキに、蒸し器の蓋をあけるぶーちゃんです。 「栗まんじゅう君、助けに来たでふ」 「ああっ、聞き覚えのある声がしていると思ったら、ぶーちゃんでねえか、早く助けてえっ」 「ぼくにおぶさるでふよ」 栗萬法師をおぶったぶーちゃん、またも懐をゴソゴソやったかと思うと、今度はまあるい玉子を取り出しました。実はこれ、中は黄身が抜かれて、コショウがつめてあるんです。 「ソレッ、コショウ爆弾でふよー」 紙風船に気を取られていた妖怪め、コショウ爆弾に、あっと目をつぶされて右往左往。その間に走り去るぶーすけくん、しかし結構栗萬法師、なかなか重いのです。 「く、栗まんじゅう君、重いでふねー、なに食べてるんでふか、もうー」 「なに言ってるだよ。それにしてもぶーちゃん、なんでおらをすぐに助けてくれなかっただか。なんだか、おらが蒸されるのを知ってて、のんびりしゃべってなかったか?あれは、おらを、間接的にいぢめたんじゃないよね?」 「栗まんじゅう君、怒るでふよ。ぼくがあやしまれないように、必死に巧みな話術でチャンスを掴もうとしたのが分んないでふか」 「うう、そ、そうだよね。そうだよね。ごめんよ、ごめんよ」 涙を拭う栗萬法師、ニヤリと口元の笑っているぶーちゃんでした。さて、調理場の騒ぎは、早くも洞内に広がっていました。騒ぎを聞きつけた妖怪どもが、ふたりを見つけるのに、時間はかかりませんでした。 「あっ、あんなとこにいやがる」 「ソレッ、捕まえろっ」 ざわめきと共に、妖怪どもが追いかけて来ました。 「食らえでふ」 再びぶーちゃんのコショウ爆弾が炸裂しました。 「ぼくときみとはー、玉子の仲よー、ぼくが白身でー、きみを抱くウー」 ぶーちゃんは軽やかに歌いながら、爆弾を幾つもぶん投げました。後ろでは、悲鳴と咳とクシャミの大合唱です。 「さあ、出口まであと少しでふ」 韋駄天走りのぶーすけくん。だんだん目の前に、明るい光が差し込んできました。出口が近づいているのです。 |
第三十六話 怒れる大魔王の事 せっかく手に入れた栗まんじゅうが、あやしげな富山の薬売りによって盗まれたという報告は、すぐさま大魔王にも伝わりました。さあ、大魔王は怒気を顔面に走らせ、思わず寝台から跳ね起きました。 「何者だ、あのペテン薬売りはッ」 「はっ、あれはきっと、栗萬法師の供の者かと思われます。栗萬法師には、ふたりの弟子がおります。ひとりは、かつて天の川の海軍提督を務めたぶーすけこと天の川元帥、そしてもうひとりは、天界荒らしの駄天大聖でございます」 「ナニッ、天の川元帥に、駄天大聖だとッ」 どちらも天界にその名を知られた剛の者です。 「すると今のは、天の川元帥のほうだな、チクショウ」 大魔王は、ふらふらと立ち上がりました。 「あれっ、大魔王さま、そのお体で何処へ行かれます」 「ウウウ、ペテン薬売りを捕まえてやるのだ。栗まんじゅうを取り返してやるのだ。病みついたとはいえ、天下にその名を轟かす、白翔大魔王だ。俺の力を見せてやるのだ」 大魔王は怒りと高熱で真っ黒になった顔に、青筋を刻みながら、雲を呼んで飛び出しました。 一方・・・、だっちゃんは穴の前で、ぶーちゃんの帰りを今か今かと待っています。ぶーちゃんの力を試したくて、「斥候行ってきて!」と頼んだ(言いつけた)だっちゃんですが、だっちゃんはじっくり待つのが苦手です。ほんとうは、まっさきに穴へ入ってみたかったのです。 思いのほか、ぶーちゃんの帰りが遅いので、じりじりとするだっちゃん。 だっちゃんが行けばよかった!この中、一体どうなってんだろ?妖怪ってどんなやつかな?ぶーちゃん、無事潜入できたかな・・・。妖怪に捕まってないかな・・・。こんなことを考えていると、ますます苛々として、もういてもたってもいられません。 「えーい、だっちゃんも行ってみようっと!」 待ちきれないだっちゃんは、とうとう穴の中へ入ってしまいました。 そうとも知らないぶーすけくん、もう少しで出口という所までやってきましたが、上から落っこちてきただっちゃんに、もろにぶつかってしまったのです。だっちゃんの足は、おぶさっている栗萬法師の頭に直撃です。 「あひゃあッ!」 栗萬法師は悲鳴を高らかにあげて、ぶーちゃんの背中から転げ落ちました。ぶーちゃんはぶーちゃんで、衝撃に軽いめまいをおこし、くらくらと倒れてしまいました。 「お、お星さま見えるでふ、ひとっつ、ふたっつ、みっつ・・・」 「ありゃりゃ」 だっちゃんは前足で頭をかきました。 「みんなー、しっかりしてよー!」 倒れた二人に平手打ちの介抱を加えましたが、栗萬法師もぶーちゃんも眼を覚ましません。そのとき、怒れる大魔王は、すぐ側まで迫っていました。 「見つけた、見つけた、見つけたぞー!栗まんじゅう泥棒めがッ」 だっちゃんが顔をあげると、そこには恐ろしい顔をした大魔王が立ちはだかっておりました。ああ、まるで鬼のようなその顔。高熱と怒りに真っ黒になって、目は炎のようにらんらんと光り、牙が並んだ口からは、荒い息がゼイゼイ漏れてきます。 「貴様は駄天大聖だなッ。おとなしく栗まんじゅうを寄越さぬと、命はないぞ」 「なにさ、泥棒はどっちさ!」 だっちゃんは負けじと言い返しました。 「あんたが先にうちの栗まんじゅうをさらったんじゃないの。風邪ひきの死に底無いが生意気だよ!命がないのはそっちのほうだよ!」 「ウヌヌ・・・」 だっちゃんの罵倒に、大魔王の髪は逆立って天を突く勢い、だっちゃんはだっちゃんで、駄んべる棒を身構えました。 「来るなら来い!」 ふたりが打ち合おうとしたそのときです。栗萬法師が目を覚ましました。 「あっ、おらはどうなったんだべ・・・」 まだ目がチカチカしている栗萬法師は、ふらふらと立ち上がり、よたよたと大魔王のほうへ歩いて行きました。 「あっ、そっちは危ない!」 だっちゃんが叫んだ時には、もう遅い。大魔王はむんずと栗萬法師を捕らえ、あっという間に食べてしまったのであります。 「あっ、栗まんじゅう!」 だっちゃんの悲鳴が、高らかに響き渡りました・・・。 これにて一巻のオシマイ。・・・のわけがないのは読者が先刻ご承知。 |
第三十七話 毒と薬は紙一重の事 大魔王に食われてしまった栗萬法師、青ざめるだっちゃん、眠り続けるぶーちゃん・・・。この悲惨な状況の中で、高笑いをあげたのは大魔王でありました。 「ハハハハハ、不老不死の栗まんじゅうを、ついに食った、食ったぞ。これで俺の風邪も治った、治ったぞ・・・」 ところが・・・、どうしたというのです。大魔王の顔は、みるみる青ざめ、おこりのように震えはじめたではありませんか。 「うっ、うっ・・・、ヌオーッ」 雄たけびをあげて、大魔王は転げ回りました。その声にぶーちゃんは目を覚まし、だっちゃんは呆然としています。 「なっ、なんでふか、なにがおこったでふか?」 「くっ、栗まんじゅうが大魔王に食べられちゃったよー!でも、変なの、大魔王が急に苦しみはじめて・・・」 いつまでも説明している暇はありませんでした。大魔王の喉がびっくびっくと痙攣して、うばっと汚いものを吐き出したのです。 「ギャアー!」 悲鳴をあげたのはだっちゃんとぶーちゃんです。大魔王は狂ったようにナニの大噴水。その降りかかる汚物から逃れようと、ふたりは走り出しました。 「ゲゲゲのゲでふよー!」 「ぶーちゃん、こっちだよ!」 ふたりは雲に乗って、穴から脱出しました。 「ああ、なんだったの、今の?」 「こ、恐かったでふよー!」 命からがら穴を出たふたりは、まだ心臓の高鳴りがおさまりません。 「それにしても、栗まんじゅうどうしよう!食べられちゃったよ!」 「かわいそうに・・・。あれで犬のいい奴だったでふよ。ナムアミダブ」 「そうだね。南無・・・」 だっちゃんとぶーちゃんは、穴へ向かって手を合わせました。 「で、どうするんでふか、これから?お家帰る?」 ぶーちゃんは、早くも望郷の念をおこしています。 「でもね、せっかくだからもう一合戦しようよ!仇を討ち帰らずば、だよ!」 「栗まんじゅうの弔い合戦でふか」 だっちゃんとぶーちゃんは、それぞれ己の武器を構えました。 「いざ!」 さて、一方大魔王は・・・。 出せるだけ出してしまった大魔王の胃袋からは、最後に栗萬法師が飛び出しました。なんと!栗萬法師はまだ生きております。 大魔王は、咬まずに丸呑みしていたのです。しかし、それが為に、彼の胃袋が苦しみだしたのでした。 読者諸君!病人に生の丸呑みはイケマセヌ。 ましてや、栗萬法師はただの栗まんじゅうではないのです。特殊な栗科に属しています。これは、毒抜きしないで食べると大変に危険なのです。良薬はときに、毒と紙一重ともなるのです。あの、芥子の花のように・・・。 「あっ、あっ、苦しかった・・・」 栗まんじゅうを吐き出した大魔王は、ようやく楽になりました。大魔王のオヨダまみれの栗萬法師は、死んだ魚のように倒れております。 「大魔王さまッ。ああ、ご無事でございますか」 妖怪どもが、心配そうに駆け寄りました。 「ウヌ、俺はまだ死なぬぞ。しかし不覚をとったぞ!駄天大聖に天の川元帥め、許さぬ・・・」 大魔王は、栗萬法師の毒抜きの方法が分るまで、監禁しておくよう命じました。そして、新たな命令が発せられたのです。 「オイ、おくび大将と鳴ら大将を呼べ!ふたりに駄天大聖をやっつけさせろ!しかし天の川元帥は殺すな!あやつ毒抜き方法を知っているに違いない・・・」 こうして、再び戦いの幕が切っておとされました。 |
第三十八話 悪臭二大将の事 おくび大将と鳴ら大将は、白翔大魔王精鋭の部下です。ふたりを呼び出すよう命じられた妖怪は、まずおくび大将の部屋へ行きました。 おくび大将は、丁度酒盛りの最中で、真っ赤な顔をして徳利を傾けていました。 「酒はアー、呑め呑め茶釜で沸アかせエー、コリャコリャ、お神酒あがらぬウー、神はアナイー・・・」 おくび大将め、すっかりご機嫌でデカンショ節なんか歌っております。 「おくび大将どのッ」 妖怪は敬礼をしました。おくび大将は、げっぷとやりながら振り返ります。 「アーン、なんだ、俺になんか妖怪、ぐへへ・・・」 ヘベレケ大将、暢気なものです。 「大魔王さまのお召しでございます」 「なんでえ、お召しだア。飯はまだいらねえ」 「なにをいうちょりますか。閣下は先ほどの騒ぎをご存知ないのですか」 妖怪が真っ赤になっていきさつを話すのを、おくび大将はニンニクを食いながら聞いていました。 「ハーン、駄天大聖を倒せとな。天の川元帥は生け捕り?フーン・・・」 おくび大将はしぶしぶ重い腰をあげました。徳利を片手にさげて・・・。 お次は鳴ら大将です。 鳴ら大将を訪ねると、芋をふかして食っている最中でした。 「垣根の垣根の曲がり角オー、焚き火だ焚き火だ落ち葉焚きイー」 なんとまあ鳴ら大将、火気厳禁の洞内で、焚き火をやってるではありませんか。大将の部屋の中には煙が充満し、部下の妖怪どもは一酸化炭素中毒で倒れていました。ひとり鳴ら大将だけが平然と落ち葉焚きをやっております。 「たっ、大将どのッ。洞内でなんちゅうことやってらっしゃいます」 伝令の妖怪は驚いて叫びました。 「ハア、焼き芋は落ち葉で焼くに限るヨ」 「回りの部下が倒れているじゃありませんか?」 「ハア、酸素が燃えちゃったんだネ。かわいそうに」 まるで相手にならぬ鳴ら大将であります。伝令の妖怪は、とにかく命令を伝えることにしました。 「ヘエー、駄天大聖を倒せとな?天の川元帥は生け捕り?フムフム」 分っているのかいないのか、鳴ら大将は、芋を頬張りながら立ち上がりました。 おくび大将と鳴ら大将が出陣の命を受けたとも知らないだっちゃんとぶーちゃんは、作戦会議の真っ最中です。 「いっそのことでふよ、穴ん中へ火をつけて、蓋閉めちゃったらどうでふか?きっとひとたまりもないでふよ」 「でもね!だっちゃんは肉弾戦をやりたいな!」 「でも・・・、大魔王がまだ鬼太郎やってたらどうするでふか?ぼくはばっちいのやでふよ」 「だっちゃんだって、ばっちいのはやだよ」 ふたりがああでもない、こうでもないと議論していると、空のほうから声が聞こえてきました。 「駄天大聖ってやつは、お前か。天の川元帥ってのは、お前ダナー」 ふたりが見上げると、そこには武装した妖怪二匹がいました。 「なんだい、あんたたち!」 だっちゃんもぶーちゃんも、慌てて武器を構えました。 「我らは白翔大魔王のイチの子分じゃ。ワシの名は鬼神も恐れるおくび大将じゃ」 赤ら顔の妖怪が名乗りました。 「身共は夜叉も額ずく鳴ら大将ぞ」 でっぷりと太った妖怪が、続いて名乗り上げます。 「貴様らを倒してこいとの大魔王の仰せじゃ、覚悟しや」 「なんだい!」 気の強いだっちゃんは、もう体中の毛を逆立てていました。 「生意気なやつらでふ!だっちゃん、はやくやっちゃってくらはい!」 ぶーちゃんは背後からだっちゃんをけしかけました。 「よし、あんたたち!覚悟しな」 だっちゃんは雲に乗って空中に駆け上がりました。ぶーちゃんはといえば、フレーフレーとチアガールに変身です。 「いざ、この駄んべる棒を食らえ!」 だっちゃんの駄んべる棒が、風を切って振り下ろされました。それをガッチャリと矛で受け止めるおくび大将。すかさず鳴ら大将が槍を突き出しますが、ひょいっと避けるだっちゃん。激しい打ち合いがはじまりました。 「フレー、フレー、だっちゃん!行け行けだっちゃん!頑張れ頑張れだっちゃん!」 ぶーちゃんの声援が聞こえてきます。鳴ら大将は、おくび大将がだっちゃんを引き付けている隙に、ぶーちゃんのほうへと襲い掛かりました。 「ソレッ、天の川元帥覚悟しや」 むんずと腕を伸ばしてきたので、ぶーちゃんは慌てて熊手を振り回しました。 「なんでふか。寄るなでふ。あっち行けでふ」 「こりゃっ、神妙にいたせ」 生け捕りにせよと言われているのですから、鳴ら大将はぶーちゃんの攻撃に対し、防御するばかりです。 「ぼくに手を出すなんて、百万年早いでふよ」 ぶーちゃんはいつしか本気になって熊手を振るいはじめました。ぶーちゃんは天の川元帥です。その熊手の動きは水流の如く捉え所がなく、ときに柔らかく、ときに激しく、変幻自在に動き回ります。鳴ら大将も、手加減をしていられなくなりました。 「ウヌヌ・・・、やりおるナ」 「えっへん、ぼくは強いんでふよ」 得意になって熊手術を繰り広げるぶーちゃんです。鳴ら大将はすっかり手を焼いて、そろそろ必殺技を使う気になりました。 「さすがは天の川元帥・・・」 さっと一旦戦陣を退いた鳴ら大将、空中に飛び上がって、懐からむんずと何やら取り出しましたが、見れば、新聞紙に包まれてホクホク湯気をたてている焼芋ではありませんか。 「なっ、なんでふか?戦いの最中におやつする気でふか?」 ぶーちゃんは呆れながらも、ホクホクお芋の匂いに、ゴクッと唾を飲みました。そんなぶーちゃんにお構いなし、鳴ら大将はさもうまそうに芋を平らげ、布袋腹をぽんぽんと叩きました。 「ホッタイモイジクルナー、オサンジノオヤッツハ、オサツデソロ」 ムニャムニャとヘンテコリンな呪文を唱えています。そして鳴ら大将、おもむらにぶーちゃんへと肥えたお尻を突き出しました。 「な、ななな、なんでふか?ケツ舐めろってんでふか?」 鳴ら大将の一連の所作に不気味さを感じながらも、茶化すぶーすけくんですが、すぐに彼の顔から微笑みが消えました。 「ブスー」 鳴ら大将め、・・・尾籠な振る舞いに及んだではありませんか。しかもその臭さといったら!辺りの空気が歪んだかとさえ思われます。ぶーちゃんが悶絶したのは言うまでもありません。 「ぐっ、ぐざいでふー!」 悲鳴とともに、ぶーちゃんは倒れてしまいました。 |
第三十九話 困ったときの仙人頼みの事 倒れたぶーちゃんを捕獲した鳴ら大将は、口笛吹き吹き、だっちゃんと打ち合っているおくび大将に声をかけました。 「お先に失礼するよ」 「ウム」 おくび大将は了解した顔つきで頷きました。驚いたのはだっちゃんです。 「あっ、ぶーちゃん!あんたらぶーちゃんをどうしようっての?」 しかし、だっちゃんの質問には答えず、鳴ら大将は行ってしまいましたし、おくび大将は矛を振り回します。 「さて、そろそろ決着をつけ妖怪、ぐへへ」 おくび大将め、今でも充分酒が回っているのに、さっとだっちゃんから離れると、腰に下げていた徳利を、ぐびりぐびりとはじめました。 だっちゃんは、甘辛峠のあんこ妖君の業を思い出して、思わず緊張します。 「ブハー、うまいのう。ウップ・・・」 ろれつの怪しい大将、真っ赤な顔をして、べっふと大きな「おくび」をやったからたまりません。 「うう、く、くさいよー!」 だっちゃんは慌てて鼻を押さえましたが、駄目です。犬の敏感な鼻に、この臭いは防ぎようもありません。おくび大将はいよいよ得意になって、大きなベフウーを吹きかけました。風のように、はげしい「おくび」です。悪臭に目の回っただっちゃんは、木の葉のように飛ばされてしまいました。 「ハッハッハ、他愛もないものよの」 だっちゃんがはるか彼方へ消えてゆくのを見届けて、おくび大将は穴の中に帰還しました。 どれだけ時間が経ったのでしょう。目の前に真っ暗な闇が被さっていたような感覚が、少しづつ薄れ、淡いともしびが見えました。そのともしびを辿って行くと、ハット目が覚めたのです。 「こ、ここはどこでふか?」 鳴ら大将に攫われたぶーちゃんは、ようやく意識を取り戻して辺りを見回すと、そこは洞窟の中でした。しかも、ぶーちゃんは鉄格子の中にいるのです。ともしびと見えたのは、天井に空けられた穴から漏れてくる、小さい光でありました。 「気がついただか・・・」 すぐ側で声がします。はっと振り返ると、オヤマア、アレマア。 「ぎゃっ!こ、こここ、ここは・・、あの世なんでふか?ぼ、ぼぼぼ・・・亡霊の世界なんでふか・・・?」 「ナニを言うだあ・・・、ここは牢の中・・・だよ」 ぶーちゃんが驚くのも無理はありません。目の前にいたのは、死んだと思った栗萬法師、お釈迦様でもご存知あるめい。 しかも、薄汚れた栗萬法師を見ては、ぶーちゃんが幽霊だと思っても仕方ありませんね。 「栗まんじゅう君、生きてたんでふかー!よかったでふね」 「ウン・・・。でも、これからどうすんべえ・・・。どうせおらたちの命は、風前のともし火ってやつだよ・・・」 さっそくしくしくと泣き出す栗萬法師です。 「ああ」 ぶーちゃんは深い深いため息をつきました。 「どーしてぼくらは、こう泣きっ面役ばっかなんでふか?神様のいぢわる・・・」 一方、だっちゃんはどうなったでしょう。 鼻のもげそうな臭いにすっかりあてられただっちゃん。木の葉のように飛ばされてしまいましたが、そこは天上天下に隠れもなき駄天大聖です。運の良さも犬一倍持ち合わせております。 はっと気がつくと、ふかふかの寝台の上に寝かされていました。 「こ、ここは何処だろう?」 きょろきょろ辺りを見回すと、かわいらしい顔が、ひょっくり現れました。 「気がついたんですねえ」 「あっ、あなたはさっきの野ウサギさん?」 それは、穴の前で出会った野ウサギでありました。野ウサギは、長い耳をぴくぴく動かしながら、 「あなたが私の住処の前に倒れていたので、ここまで運んでのですよ。お怪我がないようで、なによりですねえ」 「ここは、野ウサギさんのお家なの?だっちゃん、すっごくくさい臭いをかがされて、飛ばされちゃったんだ」 「では、二大大将と戦われたのですね。しかし、あの悪臭を嗅いで、よくご無事でした。きっと、あなたは仙術を極めた者に違いない・・・」 「野ウサギさん!だっちゃん、困っちゃったよ!仲間のぶーちゃんまで攫われちゃったんだ。あの臭いは、どうやって防げばいいんだろう?」 野ウサギは、こっくり頷くと、窓から見える高山を指しました。 「あの峠へお行きなさい。きっと、仙人が助けてくださいますよ。あの仙人は白翔大魔王を凌ぐお力をお持ちなのですから」 「そうか、仙人に聞けば、あの臭いの撃退法が分るかもしれないね!ありがとう野ウサギさん!だっちゃん、さっそく行ってくるよ」 思い立ったら吉日、だっちゃんは栗きんと雲に飛び乗り、せっかちに出てゆきました。 だっちゃんの栗きんと雲は、ひとっ飛びで粟粟(ぞくぞく)峠の頂上へ到着しました。この峠は、高いことは高いのですが、あまり大きな面積は無くて、頂上はとっても狭いものですから、仙人の家は、すぐに見つかりました。ひょろ松の下に、うさぎ小屋のような、ぼろっちい庵があります。粗末な門には、「禿仙人庵」と大書した表札がかかっていました。 「ここだな・・・」 だっちゃんは恐れることなく、門を潜りました。 「御免!」 庵の前まできて大声をあげると、奥のほうから、 「アイー」 と変な返事が聞こえてきました。 ぺった、ぺったと聞きなれぬ足音が近づき、家の中から仙人が現れました。 「あなたが、はげ仙人?」 だっちゃんは、禿(かむろ)をはげと読み違えて聞きました。無理もありません、仙人は、きれいに頭の禿げたお爺さんなのですから。しかし不思議なのは、そんなお爺さんにも関わらず、真っ赤な振袖を着ているのですが・・・。 仙人は、むっとしたように言いました。 「無礼を言うわいなあ。わっちゃあは、カムロでありんすよ」 「・・・・・・」 その言葉を聞いて、だっちゃんは大いに面食らってしまいました。 「カムロとは、もともと、学文路という字をあてるんでありんすよ」 仙人は、だっちゃんに構わず話し続けます。 「それがいつの間にか、禿の字をあてるようなりなんしたの。それを、学のない者が、ようはげと読み間違えるんでありんすよ」 「・・・・・・」 「で、お前様、なんの用でありんすか」 ぬっと、顔を突き出す仙人です。もう、だっちゃんはぶるるっと震えが、しっぽから耳まで通り過ぎました。 「こ、このおじちゃん、変な喋り方して恐いよー!」 思わず声に出してしまいました。 「まあ、無礼な犬じゃわいのう」 柄にもなく振袖を袖屏風する仙人です。だっちゃんは、勇気を振り絞って聞いてみました。 「あ・・・あの・・・、あなたは、女の人?」 「仙人に、男も女もないわいなあ。無性でありんすよ。泰西のエンゼルとおんなしでありんす」 「・・・・・・」 どうにも気色の悪い仙人ですが、そんなことを気にしてはいられません。さっさといきさつを説明することに決めました。 「わたしはだっちゃん。旅の秋駄犬。仙人にお願いがあってきたの!」 「だっちゃん・・・?ひょっとすると、五百年前に天界荒らしをやってのけた、駄天大聖じゃないかえ?」 「そうだよ!」 だっちゃんは得意げに身を反らしました。 「でも、駄天大聖は、八公如来によって、いがいが峠に封印された筈じゃったわいの」 また、ここでも八公如来です。だっちゃんは、ぶすっとしてしまいました。 「旧悪ばっかり一人歩きしてるんだから!だっちゃんは今、栗萬法師のお供をして、西方へ行く途中なんだから!」 「へええ、栗萬法師の・・・」 仙人は感心して頷きました。 「で、どうして此処へおいでになりんした」 「これこれしかじかなんだよ」 だっちゃんは、いままでの出来事を、残らず話しました。仙人は、ふむふむと聞いています。 「それは災難でありんした。まあ、ちょっと奥へ入ってお茶でも飲んでいっておくんな」 「お茶なんて飲んでいらんないよ!」 「まあまあ、急いては事を仕損じるわいのう」 仙人はニコニコ笑って、手招きしています。仕方がありません。だっちゃんは仙人の庵にあがって、お茶のご馳走になりました。 「さあ、これを見ておくれいなあ」 お茶が終わると、仙人は綺麗な玉を持ってきました。 「その玉なあに?」 「これは、千里眼の力がある玉わいなあ。これで、どりゃ、大魔王の根城の中を覗いてみようかいの」 仙人が玉へ向かって、ごにょごにょ呪文を唱えますと、アラ不思議。玉の中に、映像が映し出されたではありませんか。仙人は、目を細めたり広げたりして、玉を見つめておりましたが、ふいにだっちゃんのほうへ向き直り、にやっと笑いました。 「見や、栗萬法師は生きているぞえ」 「えっ!」 仙人の言葉に、慌ててだっちゃんが玉を覗くと、そこには牢屋に閉じ込められた、栗萬法師とぶーちゃんの姿が映っていました。 「栗まんじゅう!生きていたんだ!ぶーちゃんも無事なんだね、よかった・・・」と、だっちゃんがほっとしたのもつかの間、玉の中から悲鳴が聞こえてきたのです。見れば、おくび大将と鳴ら大将が、牢屋からぶーちゃんを連れて行こうとしているではありませんか。 「な、なにするでふかー。ぼ、ぼくはなにも知らないでふよー。や、やめてくらはいっ」 「こら、静かにしねえか」 「ぼ、ぼくをどうしようってんでふかっ」 「でへへ、栗まんじゅうの毒抜き方法を教えてくれりゃあいいのよ」 「そ、そんなんしんないでふよー」 「言わねえか。しょうがねえ、ちっと可愛がってやるかい」 「ひーん!」 ぶーちゃんの泣き顔が、玉いっぱいに映し出されました。 「大変だ!ぐずぐずしてたら、ぶーちゃんがいじめられちゃうよ!仙人、お願い、あいつらをやっつける方法を教えてよ!」 だっちゃんは仙人に向かって前足を合わせました。仙人はあごをなでさすりながら、 「あいつらを倒す方法なんて、そりゃお前さま、簡単なことじゃわいのう。逆噴射の呪文を唱えれば、忽ちあいつらは自らの術にはまって、自滅するわいなあ」 「その呪文教えて!」 「一度しか言いんせんよ。・・・クフガゼカノタシアハタシア」 「・・・なにそれ?ろ、露西亜語?」 「うふふ!」 だっちゃんが何を聞いても仙人は笑って答えません。だっちゃんは、ちょっぴり不安になりました。 「ほんとにそんな呪文で倒せるの?」 「疑い深いお犬じゃわいのう。お前様は、ソレ、さっき仙人の茶を飲んだから、ちゃんと呪文が使えるようになりなんしたよ」 「えっ、あのお茶にはそんな意味があったのか!」 「いいかえ、あの連中が業を使ったら、すかさずあの呪文を唱えるんでありんすよ。舌を咬んじゃいけませぬぞえ」 「えっと・・・、クフガゼカノ・・・タシアハ・・・タシア・・・だよね」 「さ、覚えたんなら忘れぬ内に、はよう行かんせ」 「ありがとう!ハ・・・カムロ仙人!」 だっちゃんは急いで庵を飛び出そうとしましたが、ふっと思い出して足を止め、仙人を振り返りました。 「あのね、ひとつ聞きたいことがあるんだけど・・・。どうして仙人は、大魔王が術を教えてくれって頼んだ時、断ったの?」 だっちゃんの質問に、仙人は、 「そりゃお前さま、分りきったことを聞くわいなあ。大魔王なんぞに術を授けたら、良くないことが起きる・・・それに」 「それに?」 「家来の持ってきた手紙を見たら、お前様、ひとを馬鹿にしておりますえ。でかでかと・・・、はげ仙人と書いてある」 「・・・・・・」 「わっちゃあ、頭にきたわいの。それで、誰があんなやつに教えてやるもんかと思うて、べっかんこしてやった」 と、息巻く仙人。だっちゃんはため息まじりに庵を後にしました。 |
第四十話 臭いものには蓋の事 白翔大魔王の洞窟の中では、大変なことが起こっていました。 ぶーちゃんが大魔王の前へ引き出され、栗萬法師の毒抜き方法を教えないと拷問するゾ、と脅されているのです。 「ぺ、ぺぺ・・・ペテン薬売りめ、ようも余をだましおったナ。・・・サア、命が惜しかったら、毒抜きの方法を言え」 大魔王は氷嚢を頭に乗っけながら、ゼイゼイと荒い呼吸で言いました。 「知らないでふよー。ぼくはなんにも知りません・・・」 「言わないか、アーン・・・。おーい、おくび、ちっと尻を撫ぜてやれエ」 大魔王の命令に、おくび大将が棍棒を振り上げました。 「やっ、やめてくらはい」 ぶーちゃんは恐ろしさに目を瞑りました。今にも激痛が走るかと体を強張らせておりますと、 「あんたたちの好きなようにはさせないよ!」 ああ、だっちゃんの声がどこからともなく響き渡りました。 「ムム・・・、駄天大聖か・・・。何処におるッ」 「ここだよ!」 栗きんと雲に乗っただっちゃんが、サッソウと洞窟の中に現れました。 「サア、今度こそ白黒つけるよ。覚悟しな!」 だっちゃんがエイっと魔法をかけると、ぶーちゃんを縛っていた縄がバラバラと切れてしまいました。さあ、ぶーちゃんも体が自由になればこっちのものです。慌てて壁に立てかけてあった熊手を取り返し、周りにひかえる妖怪どもを蹴散らします。 「よ、よくもぼくをこんな目に・・・悪は滅びるでふよ!」 「さあ、命の惜しいものは、おととい来な」 駄天大聖と天の川元帥の韋駄天さながらの攻撃に、洞内は上を下への大騒ぎ。 「ええい、なにをやっておるかい。早く犬をやっつけろ!」 白翔大魔王は青筋をたてながら叫びます。おくび大将も鳴ら大将も、それぞれ自慢の武器を振り回しましたが、いやはや、だっちゃんぶーちゃんのすばしっこいこと。右と思えば左、上かと狙えば下、なかなか捕まりそうもありません。 「よし、またあの術を使って、目にもの見せてやろうぞ」 おくび大将と鳴ら大将は顔を見合わせて頷きました。 「さあ、犬ども、特大のおくびを食らえ、屁を食らえ」 「アアッ、またあの卑劣な技を使う気でふよ!あわわ・・・」 ぶーちゃんは真っ青になって震え上がりましたが、だっちゃんは、胸を反らして毅然と立っています。 「大丈夫だよ、ぶーちゃん!だっちゃんに任せて!」 「負け犬め、あんなこと言って、吠え面かくなよ」 おくび大将と鳴ら大将は、一度に、「ベッフー」と「ブブー」をやりました。特大の「ベフー」と「ブー」です。ところが・・・。 「クフガゼカノタシアハタシア!」 だっちゃんが不思議の呪文を唱えると!猛烈な「ベフー」と「ブー」は、竜巻のように渦巻きながら、大将たちにはねかえったから、これはたまりません。二人の大将はあまりの臭さに、白目を剥いて倒れました。 「だっちゃん、今の呪文はなんでふか?」 ぶーちゃんはびっくりして聞きます。 「ハ・・・カムロ仙人に教えて貰った逆噴射魔法だよ!」 「へえー、仙人の魔法でふか・・・。ぶふふっ、ザマアミロでふ!」 自分たちの放った臭いで自滅した大将たちが、あんまり間抜けなので、ぶーちゃんは笑いがとまりませんでした。ケラケラと愉快な笑い声が洞内に響き、雑魚の小妖怪どもは、恐れをなして逃げ腰です。怒り絶頂の大魔王は、とうとう寝台から起き上がりました。 「おのれ・・・、もう許さぬ・・・」 大魔王は怒りの形相も恐ろしく、ふたりを睨んでいます。 「なんだい!許さないってどう許さないのさ」 だっちゃんは負けずに睨み返しました。大魔王は無言で懐から紙を出し、それをねじってこよりを作りました。どうするつもりなのだろうと見ていると、そのこよりを鼻の穴へつっこんだではありませんか。そして・・・、 「はっ、はっ、はっくしょーういーん!」 大きなクシャミが飛び出ました。台風のようなクシャミです。激しい風が、だっちゃんとぶーちゃんに襲い掛かりました。 「わあっ!」 ふたりは目を瞑って両耳をペッタリと下げます。飛ばされないように、口の中で呪文を唱えましたので、どうにか風をやり過ごすことができましたが・・・。 「どうじゃ、俺の風を食らったものは、インフルエンザに掛かるんだぞ、ハッハッハッ」 大魔王は高笑いです。ところが、ぶーちゃんもだっちゃんも、クシャミひとつせずに平然としています。そうです、大魔王の風に当たっても風邪をひかない者もいるのです。ふたりは、仙術を極めた駄天大聖と天の川元帥であるからです。 「む、む、俺の風がきかないとはどうしたことだ?さてはお前達、馬鹿か・・・?」 大魔王は焦って目を白黒させています。 「さあ、年貢の納め時だよ、覚悟しな!」 だっちゃんの駄んべる棒一撃!さしもの大魔王も露と消えてしまいました・・・。 |
第四十一話 明日の風吹く事 長い戦いは、なんともあっけない終わりを遂げました。だっちゃんとぶーちゃんは、命乞いをする小妖怪どもに命じて、栗萬法師を連れて来させました。栗萬法師は、衣服を剥がれ、ヨダレまみれに薄汚れて、目をしょぼつかせながらやってきました。 「うわっ、ばっちい!」 あんまり汚くなっているので、思わずだっちゃんとぶーちゃんは鼻を押さえました。 「うっ、うっ、おら・・・、今度という今度は、死ぬかと思っただよ・・・」 涙を滝のように流す栗萬法師です。だっちゃんとぶーちゃんは、後ずさりしながら、 「ほら、泣かないでよ!泣けば鼻水でまた汚れるよ!」 「そうでふよ。栗まんじゅう君、泣くのやめてくらはい」 ふたりは号泣する栗萬法師をどうにかこうにかなだめて、穴の中を出ました。表へ出ると、さあっと明るい光が、三匹の目をちらつかせました。 「ああ、青い空、輝く太陽・・・」 「外の空気は美味しいね!」 三匹が深呼吸を繰り返しておりますと、眩しい光を放っていたのは太陽ではなくて、目の前に立っている老人の頭が反射しているのだということに気がつきました。 「あっ、カムロ仙人!」 だっちゃんはしっぽを振りながら声をかけました。カムロ仙人はにこにこと笑ってこちらを見ています。 「教えてもらった呪文のおかげで、大将を倒せたよ!大魔王なんか、だっちゃんの駄んべる棒でコツンっとやったら、もうのびちゃったよ!」 「よかったわいなあ。これで、この峠一帯にも平和が訪れるでありんす」 ぶーちゃんと栗萬法師は、ふたりのやりとりを不思議そうに見ていました。 「ところで・・・、あそこの汚い犬はなんぞえ」 仙人は杖で栗萬法師を指しました。 「栗萬法師だよ!色々されて、汚くなっちゃったの」 「それはいけませぬわいなあ。汚いままにしていると体に毒でありんすよ。どれ・・・」 仙人がエイッと杖をふると、たちまち栗萬法師の汚れた皮毛は、栗色の輝きを取り戻し、栗柄の袈裟も元通りになりました。 「仙人、ありがとう!」 三匹はお礼を言って、仙人と別れました。栗萬法師はヨイショと伽弟楽の上にまたがり、だっちゃんぶーちゃんと仲良く峠を越えて行きます。西方までの道のりは、まだまだずうっと長く続いています。こらから、いったいどれだけの山や川を超えなければならないのでしょうか。 「ああ、十万八千里の道程とは、おら気が遠くなってきちゃっただよ・・・。これから先も、また妖怪が出てくるんかな・・・」 栗萬法師は不安げにため息をつきます。 「明日は明日の風が吹くでふよ」 と、ぶーちゃんが言いました。だっちゃんは、その言葉を聞いてはっとしました。 「クフガゼカノタシアハタシア!」(逆サニシテ読ンデゴ覧ナサイ。) どこかで仙人の笑い声が聞こえてきたような気がしました。 |
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